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本田圭介選手が今季限りでパチューカ退団して帰国しました。

今回は、本田圭佑選手がパチューカ退団してから

新規一転して、果たしてどこのチームに移籍して

活躍してくれるのか、興味がありませんか?

いずれにしても、日本の代表選手なので

本人のこれからの抱負などがありましたので

掲載したいと思います。

本田圭介選手の最近の行動は


メキシコ1部リーグを終えて、成田空港に帰国しました。

サングラスの眼鏡姿で、ベージュ色のスーツに

ピンク色のネクタイ姿は

例によって曹操とした凛々しい姿はファンから見ると

うれしくなってしまいますね

しかしながら、当日は報道陣の他にはファンの

人数は少なく、25人程度の報道陣では、

人気が少ないかも知れませんが、

ファンの少ないのは、

やはり最近の活躍がファンに

伝わっていなかったのかも

理由に挙げられるのかもしれませんね!

当日は、報道陣に軽く会釈しただけで

無言で空港を後にしたようです。

本田圭介選手の帰国後の行動は

18日にはキリンチャレンジ杯(30日、対ガーナ)に

臨む日本代表が発表される予定ですが

本田圭介は今後、メンバー入りに向けて

国内で自主トレーニングを行う予定のようですが

NHKの番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」

(月曜後10・25)に出演して

6月に開幕するロシア・ワールドカップ(W杯)への思いを激白した。

この番組の中での本田圭佑の語った内容を、そのまま掲載しました。

番組では、2月から本田を密着取材。

3月下旬の日本代表のベルギー遠征では、

マリと引き分け、ウクライナには敗れた。

本田は2試合に出場したが、アピールできなかった。

 インタビュアーによる

「今回、監督に自分はどう見られたと思いますか?」との質問に

本田は圭介は、

「(代表選出は)微妙やと思うんで。

自分を認めさせるには勝利、得点に絡むような結果、

ここがないと認めさせることは難しいという覚悟を

持って挑んでるんで。

それを判断して結果を出せなかった責任はもちろん、

自分にありますよね」と語った。

 しかし、あくまでも自分を信じ、貫く本田圭介は

「ただ、悔いはないです。

ハリルのやるサッカーに全てを服従して(代表に)選ばれていく。

そのことの方が僕は恥ずかしいと思ってるんで。

自分を貫いたと自分に誇りは持ってます。

まだ1カ月、アピールする時間はあるし、

うまくいってないことも多いけど、

今の状況を楽しんでやってますし、

その点は不変ですよね。

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いかなる状況であれ、

その状況下で前向きにやれることをやるという

自分の信念は不変だと思ってます。

だから、だから本田圭佑なんですよ。

追い込まれれば追い込まれるほど、

力を発揮します」と前を向いた。

 ベルギー遠征時の日本代表監督、

バヒド・ハリルホジッチ氏(65)は

4月7日付で解任され、後任に西野朗技術委員長(63)が就任した。

本田は圭介は、自身3大会連続のW杯メンバー入りを目指す。

14日に決定した予備登録メンバー35人から、

最終登録メンバー23人が31日に発表される

如何でしたか?

本田圭介は、今後も日本のサッカーの代表選手としての

プライドと邁進していく気持ちが充分理解できましたね!

本田圭介は18日には西野朗技術委員長に出場予定の内容は

本田圭介は、自身3大会連続のW杯メンバー入りを

目指す予定ですが

ベルギー遠征時の日本代表監督の、

バヒド・ハリルホジッチ氏(65)は

4月7日付で解任されてしまい、

後任に西野朗技術委員長(63)が就任した。

このことによって、新たに最終登録メンバーに

加えられるのは、今後の西野朗技術委員長の意向ですね

14日に決定した予備登録メンバー35人から、

最終登録メンバー23人が31日に発表される予定です。

今回開催される「キリンチャレンジカップ2018」は、

「アジア最終予選 – ROAD TO RUSSIA」を見事に突破したので、

世界の大舞台へ挑戦する「SAMURAI BLUE」にとっては

重要な強化試合となります。

大会概要としては

対戦SAMURAI BLUE 対 ガーナ代表日時2018年5月30日(水)

ナイトゲーム(予定)されています。

楽しみですね!

本田圭介のプロフィール

FW 本田 圭佑 HONDA Keisuke

生年月日 1986.06.13

身長/体重 182cm/74kg

FIFA開催大会出場歴

FIFA World Cup 2014

FIFA Confederations Cup Brazil 2013

FIFA World Cup 2010

Olympic Football Tournament 2008

FIFA U-20 World Cup 2005

経歴 摂津フットボールクラブ→

ガンバ大阪Jrユース→

星稜高等学校 (名古屋グランパスエイト/特別指定選手)→

名古屋グランパスエイト→

VVVフェンロ(オランダ)→CSKAモスクワ(ロシア)→

ACミラン(イタリア)→

CFパチューカ(メキシコ)

参照:SAMURAI BLUEトップ

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