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【画像付】大相撲の歴代横綱の経歴と出身地|完全解説


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大相撲のタイトル画像

日本の国技 大相撲は大衆に人気のあるスポーツです。
大衆は第一人者の横綱に憧れ関取衆も横砂を目指して
精進しておられます。
大相撲の横綱は歴史にも残り末代まで
栄光を称えられますので、このサイトでは
歴代の横綱の皆さんの経歴と出身地などを画像付きで
掲載しましたので、皆さんの参考にして、是非,大相撲を
楽しんで下さい。

目次

歴代の横綱の一覧画像付

初代横綱 明石志賀之助

明石志賀之助の画像明石 志賀之助(あかししがのすけ)は
江戸時代前期に存在したとされる力士です。
活躍期間は寛永年間【1624年(寛永元年)
– 1644年(正保元年)】に活躍されました。

従来の力技だけでなく
相撲の技の基本となる四十八手の技を
考案した人物だとも立派な力士でした。

第2代 綾川五郎次の画像

第2代 綾川五郎次 (初代)

綾川 五郎次(あやがわ ごろうじ
または あやかわ ごろうじ)は、
現在の栃木県出身。
1703年(元禄16年)頃
– 1765年3月14日(明和2年1月23日)に
活躍した立派な力士でした。

第3代 丸山権太左衛門の画像

第3代 丸山権太左衛門

丸山 権太左衛門(まるやま ごんだざえもん
または まるやま ごんたざえもん)
は現在の宮城県出身。
現在公認されている横綱の中では
3代目に数えられていますが、
順序が逆で2代目とする説もある様です。

現在の宮城県出身。
現在公認されている横綱の中では
3代目に数えられますが、
順序が逆で2代目とする説もある様ですが
実際は、定かではありません。

第4代 
谷風梶之助

第4代 谷風梶之助の画像

第4代 谷風梶之助 (2代)

谷風 梶之助(たにかぜ かじのすけ)は

本名 金子 与四郎(梶之助
生年月日 1750年9月8日
没年月日 1795年2月27日(満44歳没)
愛称 古今十傑・歴代横綱の第一人者
出身 陸奥国宮城郡霞目村
(現・宮城県仙台市若林区霞目)
身長 188cm
体重 160kg
所属部屋 伊勢ノ海部屋
江戸時代の大横綱。
優勝20回以上、50連勝以上、
通算勝率9割以上を達成したのは
大相撲の長い歴史の中で谷風だけでした。


第5代 小野川喜三郎

第5代 小野川喜三郎の画像

第5代 小野川喜三郎

小野川 喜三郎(おのがわ きさぶろう)は

本名 川村 喜三郞
愛称 古今十傑
生年月日 1758年
没年月日 1806年4月30日
出身 近江国京町(現:滋賀県大津市)
身長 176cm
体重 135kg
当時大関だった谷風梶之助の
63連勝を止める殊勲の星を上げた事が
現代でも相撲史上に残る名勝負として
語り継がれています。

谷風梶之助 (2代)とともに
実質最初の横綱を免許された力士。
大坂相撲で初土俵を踏みのちに
江戸相撲に合流したそうです。


第6代 阿武松緑之助

第6代 阿武松緑之助の画像

第6代 阿武松緑之助

阿武松 緑之助(おうのまつ みどりのすけ)は

本名 佐々木 長吉(常吉)
生年月日 1791年(寛政3年)
没年月日 1852年1月20日(嘉永4年12月29日)
出身 能登国鳳至郡七海村
(現:石川県鳳珠郡能登町)
身長 173cm
体重 135kg

所属部屋 武隈部屋→粂川部屋→雷部屋
→武隈部屋
得意技 寄り

江戸時代に活躍した元大相撲力士。
よく言えば慎重、
悪く言えば消極的な取り口で、
作戦的な立合いが多く、
「待った待ったと、阿武松でもあるめぇし」と
江戸の流行言葉にもされたそうです。


第7代 稲妻雷五郎

第7代 稲妻雷五郎の画像
>h4>第7代 稲妻雷五郎

稲妻雷五郎(いなづま らいごろう)は

本名 根本 才助
愛称 文政の三傑・古今十傑
生年月日 1802年
没年月日 1877年3月29日
出身 常陸国河内郡阿波崎村
(現・茨城県稲敷市)
身長 188cm
体重 145kg
所属部屋 佐渡ヶ嶽部屋→錦嶋部屋

阿武松緑之助と競い合って江戸時代後期の
相撲黄金時代を築き上げ、
当時の川柳には

「雷電と 稲妻雲の 抱えなり」
「稲妻は もう雷電に なる下地」

などと詠まれ、
雷電と比較されるほどの強豪力士だった
事が伝わっている。


第8代 不知火諾右衛門

第8代 不知火諾右衛門の画像

第8代 不知火諾右衛門

不知火 諾右衛門(しらぬい だくえもん(なぎえもん))は

本名 近久 信次
愛称 天保の三傑
生年月日 1801年頃
没年月日 1854年8月20日(嘉永7年7月27日)
出身 肥後国宇土郡轟村栗崎
(現:熊本県宇土市栗崎)
身長 176cm
体重 135kg
江戸時代の相撲力士。

現在で70人が存在する歴代横綱の中で、
横綱昇進後に下位番付へ陥落したことのある
唯一の力士である


第9代 秀ノ山雷五郎

第9代 秀ノ山雷五郎の画像

第9代 秀ノ山雷五郎

秀ノ山 雷五郎(ひでのやま らいごろう)は

本名 橋本 辰五郎(旧姓:菊田)
愛称 天保の三傑
生年月日 1808年
没年月日 1862年6月16日(文久2年5月19日)
出身 陸奥国本吉郡
(現・宮城県気仙沼市)
身長 163.6cm
体重 161.5kg
所属部屋 秀の山部屋

江戸時代に活躍した元大相撲力士。

入門から横綱昇進まで19年かかった
苦労人の力士として、現在まで伝えられています。


第10代 雲龍久吉

第10代 雲龍久吉の画像

第10代 雲龍久吉

雲龍 久吉(うんりゅう きゅうきち、ひさきち)は

本名 塩塚 久吉→佐藤 喜太郎
愛称 幕末四強
生年月日 1823年
没年月日 1890年6月15日(満67歳?没)
出身 筑後国山門郡大和村
(現:福岡県柳川市)
身長 179cm
体重 135kg
所属部屋 陣幕部屋(大坂相撲)
→追手風部屋(江戸相撲)→雷部屋(江戸相撲)
→追手風部屋
得意技 寄り

追手風部屋所属の元大相撲力士。
現役引退後は会所の筆頭(ふでがしら
=現在の理事長に相当する)まで勤め、
明治維新後の大相撲復興に貢献したそうです。


第11代 不知火光右衛門

第8代 不知火諾右衛門の画像

第11代 不知火光右衛門

不知火 光右衛門(しらぬい みつえもん)は

本名 近久(旧姓:原野) 峰松
生年月日 1825年4月20日
没年月日 1879年2月24日(満53歳没)
出身 肥後国菊池郡陣内村
(現:熊本県菊池郡大津町)
身長 177cm
体重 120kg
BMI 38.30
所属部屋 湊部屋(大坂)→境川部屋(東京)
得意技 右四つ、寄り

横綱土俵入りのうち、雲龍型の考案者と言われているが、
これは雲龍型と不知火型の名前が
何らかの理由で途中で入れ替わったとする通説によるが、
不知火と第10代横綱・雲龍久吉の横綱土俵入りが
あまりにも立派だったため、
後世になって名前が残されたとの見方がある。


第12代 陣幕久五郎<
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第12代 陣幕久五郎の画像

第12代 陣幕久五郎

陣幕 久五郎(じんまく きゅうごろう)は

本名 石倉 槇太郎
愛称 古今十傑・幕末四強・阿波四天王
建碑狂・負けず屋・鬼神
生年月日 1829年6月4日
没年月日 1903年10月21日(満74歳没)
出身 出雲国意宇郡意東村(現:島根県松江市東出雲町下意東)
身長 174cm
体重 138kg
所属部屋 滝登部屋→朝日山部屋(大坂)
→北陣部屋(大阪)→秀ノ山部屋(江戸)
得意技 寄り

江戸時代末期から明治時代中期にかけての力士。
江戸時代に横綱免許を受けた最後の力士です。


第13代 鬼面山谷五郎

第13代 鬼面山谷五郎の画像

第13代 鬼面山谷五郎

鬼面山 谷五郎(きめんざん たにごろう)は

本名 田中 新一
愛称 阿波四天王・幕末四強
生年月日 1826年
没年月日 1871年9月7日
出身 美濃国
(現:岐阜県)
身長 188cm
体重 140kg
BMI 39.61
所属部屋 武隈部屋
得意技 右四つ、寄り、上手投げ

江戸後期から明治初期にかけての相撲力士。
横綱免許時は43歳で、これは歴代横綱で最も高齢だそう


第14代 境川浪右衛門

第14代 境川浪右衛門の画像

第14代 境川浪右衛門

境川 浪右衛門(さかいがわ なみえもん)は

本名 宇田川 政吉→市川 政吉→市川 浪右衛門
愛称 一ツ目の大名大関・明治の谷風
明治最初の三幅対(美男三羽烏)
生年月日 1841年5月28日(天保12年4月8日)
没年月日 1887年9月16日(満46歳没)
出身 下総国葛飾郡(現:千葉県市川市)
身長 170cm
体重 128kg
BMI 44.29
所属部屋 境川部屋
得意技 左四つ、諸差し、腹櫓、吊り

慶応期から明治期にかけての相撲力士。
相手に十分に相撲を取らせてから

勝ちに出るという相撲のため、
勝率は高いが引き分けも多かったそうです。


第15代 梅ヶ谷藤太郎(初代)

第15代 梅ヶ谷藤太郎(初代)の画像

第15代 梅ヶ谷藤太郎(初代)

梅ヶ谷 藤太郎(うめがたに とうたろう)は
本名 小江 藤太郎
愛称 関西の双璧・湊部屋三羽烏・大雷
古今十傑・相撲道中興の祖
生年月日 1845年3月16日
没年月日 1928年6月15日(満83歳没)
出身 筑前国上座郡志波村梅ヶ谷
(現・福岡県朝倉市)
身長 176cm
体重 120kg
BMI 38.74
所属部屋 湊部屋(大坂)→玉垣部屋
得意技 筈押し、突っ張り、左四つ、寄り

明治時代の力士。
勝率.951と歴代横綱のなかでもトップ。

還暦が長生きの基準だった時代の力士としては
非常な長命で、横綱の長寿記録として
現在でもまだ破られていない。


第16代 西ノ海嘉治郎(
初代)

第16代 西ノ海嘉治郎(初代)の画像

第16代 西ノ海嘉治郎(初代)

西ノ海 嘉治郎(にしのうみ かじろう)は
本名 小園 嘉次郎
愛称 泉川関・藩閥横綱・高砂部屋三羽烏
生年月日 1855年2月19日
没年月日 1908年11月30日(満53歳没)
出身 薩摩国高城郡高城郷麓村[1]
(現:鹿児島県薩摩川内市高城町)
身長 176cm
体重 127kg
BMI 41.00
所属部屋 鯨波部屋(京都)→高砂部屋
得意技 泉川、寄り

明治中期に活躍した大相撲の力士。

大相撲史に3人存在する「西ノ海嘉治郎」の初代です。
堅太りで筋骨隆々・豪放磊落な性格で知られ、

強豪との取組を前にしても支度部屋で
高いびきをかいて寝ていたとそうである。


第17代 小錦八十吉(初代)

第17代 小錦八十吉(初代)の画像

第17代 小錦八十吉(初代)

小錦八十吉(こにしき やそきち)は
本名 岩井 八十吉
愛称 狂える白象
生年月日 1866年11月21日
没年月日 1914年10月22日(満47歳没)
出身 上総国武射郡
(現・千葉県山武郡横芝光町)
身長 168cm
体重 143kg
BMI 50.47
所属部屋 高砂部屋
得意技 突っ張り、押し

明治中期に活躍した大相撲の第17代横綱。
入幕から足かけ4年で39連勝と入幕当時の勢いは凄い!

色白・童顔の愛嬌のある風貌から人気者となり、
錦絵が飛ぶように売れたという。
その人気のため、東京では「小錦織」なる織物も販売された。

第18代 大砲万右エ門

第18代 大砲万右エ門の画像

大砲 万右エ門(おおづつ まんえもん)は
本名 角張 萬次→角張 萬右衛門
愛称 分け綱
生年月日 1869年12月30日(明治2年11月28日)
没年月日 1918年5月27日(満48歳没)
出身 角田県刈田郡大鷹沢村
(現:宮城県白石市)
身長 197cm
体重 134kg
BMI 34.53
所属部屋 尾車部屋
得意技 右四つ、寄り、突っ張り、叩き

尾車部屋所属の元大相撲力士。
横綱時代の引分率は何と約40%!


第19代 常陸山谷右エ門

第19代 常陸山谷右エ門の画像

第19代 常陸山谷右エ門

常陸山 谷右エ門(ひたちやま たにえもん)は
本名 市毛 谷(のちに谷右衛門)
愛称 運命の寵児・御大・角聖
東西の双璧・相撲中興の祖
古今十傑
生年月日 1874年1月19日
没年月日 1922年6月19日(満48歳没)
出身 茨城県東茨城郡(現・茨城県水戸市)
身長 175cm
体重 146kg
BMI 47.67
所属部屋 入間川部屋→出羽ノ海部屋
→三ッ湊部屋(名古屋)
→中村部屋(大坂)→出羽ノ海部屋
得意技 泉川、吊り

出羽ノ海部屋所属の明治時代に活躍した元大相撲力士。
現役時代には二代目梅ヶ谷藤太郎との

「梅・常陸時代」で角界を隆盛に導いた横綱。


第20代 梅ヶ谷藤太郎
(2代)

第20代 梅ヶ谷藤太郎 (2代)の画像

第20代 梅ヶ谷藤太郎 (2代)

梅ヶ谷 藤太郎(うめがたに とうたろう)は
本名 小江 音松(旧性:押田 音次郎)
愛称 蝦蟇・東西の双璧
生年月日 1878年3月11日
没年月日 1927年9月2日(満49歳没)
出身 富山県上新川郡水橋町
(現・富山県富山市)
身長 168cm
体重 158kg
BMI 55.98
所属部屋 雷部屋
得意技 突き、左四つ、吊り

雷部屋所属の元大相撲力士。
常陸山谷右エ門と同時に横綱に昇進、

「梅・常陸時代」と呼ばれる黄金時代を築いた横綱。


第21代 若島権四郎

第21代 若島権四郎の画像

第21代 若島権四郎

若嶌 權四郎(わかしま ごんしろう)は
本名 加藤 権四郎(旧姓:高橋)
生年月日 1876年1月19日
没年月日 1943年10月23日(満67歳没)
出身 千葉県
身長 178cm
体重 116kg
所属部屋 楯山部屋(東京)→中村部屋(大阪)
得意技 突っ張り、右四つ、寄り、蹴手繰り、出し投げ

大坂相撲最強の力士。
大砲や梅ヶ谷には互角に取る実力を見せ、

大坂相撲復興の第一人者となっていた横綱です。


第22代 太刀山峯右エ門

第22代 太刀山峯右エ門の画像

第22代 太刀山峯右エ門

太刀山 峯右エ門(たちやま みねえもん)は
本名 老本 弥次郎
愛称 鬼神・四十五日・砲弾投げ
大正の雷電・雷電の再来・古今十傑、20世紀最強の人類
生年月日 1877年8月15日
没年月日 1941年4月3日(満63歳没)
出身 富山県婦負郡(現・富山県富山市)
身長 188cm
体重 150kg
BMI 42.44
所属部屋 友綱部屋
得意技 突っ張り、呼び戻し、小手投げ

友綱部屋の力士。
横綱としての純粋な強さという意味では
史上最強との呼び声も少なくありません。


第23代 大木戸森右エ門

第23代 大木戸森右エ門の画像

第23代 大木戸森右エ門

大木戸 森右エ門(おおきど もりえもん)は
本名 内田 光蔵
生年月日 1876年5月13日
没年月日 1930年11月7日(満54歳没)
身長 177cm
体重 120kg
得意技 右四つ、吊り、両手突き

大坂相撲では若嶌に次ぐ2人目の公認横綱。
優勝10回、うち5回が全勝だったそうです。


>第24代 鳳谷五郎

第24代 鳳谷五郎の画像

第24代 鳳谷五郎

鳳 谷五郎(おおとり たにごろう)は
本名 瀧田 明
愛称 久松・ケンケン
生年月日 1887年4月3日
没年月日 1956年11月16日(満69歳没)
出身 千葉県印旛郡大森村
(現:千葉県印西市大森)
身長 174cm
体重 113kg
BMI 37.32
所属部屋 宮城野部屋→勝ノ浦部屋→宮城野部屋
得意技 左四つ、掛け投げ、掬い投げ、小手投げ

宮城野部屋所属の元大相撲力士。
内掛けから脚を跳ね上げて投げる「掛け投げ」が

得意技なことから、「ケンケン」というあだ名がついたそうです。


第25代 西ノ海嘉治郎
(2代)

第25代 西ノ海嘉治郎(2代)の画像

第25代 西ノ海嘉治郎(2代)

2代目 西ノ海 嘉治郎(にだいめ にしのうみ かじろう)は

本名 近藤 休八(旧姓:牧瀬)
愛称 長者
生年月日 1880年2月6日
没年月日 1931年1月27日(満50歳没)
出身 鹿児島県熊毛郡種子島
(現・鹿児島県西之表市)
身長 185cm
体重 139kg
BMI 40.61
所属部屋 井筒部屋
得意技 突っ張り、左四つ、寄り

明治から大正にかけて活躍した大相撲の力士。
全盛期には鳳谷五郎と毎場所熱戦を繰り広げていたが、

何故か小兵の玉椿憲太郎を苦手としていたとか。


第26代 大錦卯一郎

第26代 大錦卯一郎の画像

第26代 大錦卯一郎

大錦 卯一郎(おおにしき ういちろう)は

本名 細川 卯一郎
愛称 近代相撲の創設者
一番相撲の名人
出羽海部屋三羽烏
生年月日 1891年11月25日
没年月日 1941年5月13日(満49歳没)
出身 大阪府大阪市中央区
身長 175cm
体重 143kg
BMI 46.69
所属部屋 出羽海部屋
得意技 左四つ、吊り、寄り

大正時代の力士。
横綱時代は持ち前の速攻で兄弟弟子の栃木山とともに一時代を築いた横綱。


>第27代 栃木山守也
第27代 栃木山守也の画像

第27代 栃木山守也

栃木山 守也(とちぎやま もりや)は

本名 中田 守也(旧姓:横田)
愛称 出羽海部屋三羽烏・古今十傑
生年月日 1892年2月5日
没年月日 1959年10月3日(満67歳没)
出身 栃木県下都賀郡赤麻村
(現:栃木県栃木市藤岡町赤麻)
身長 172cm
体重 104kg
BMI 35.15
所属部屋 出羽海部屋
得意技 筈押し

大正時代に無敵を誇った大相撲の第27代横綱。
体重103kgで「史上最軽量の横綱」と形容されています。


第28代 大錦大五郎

第28代 大錦大五郎の画像

第28代 大錦大五郎

大錦 大五郎(おおにしき だいごろう)は

本名 鳥井 大五郎(旧姓:山田)
生年月日 1883年3月22日
没年月日 1943年5月18日(満60歳没)
出身 愛知県海部郡鍋田村稲元(現・弥富市)
身長 176cm
体重 113kg
所属部屋 伊呂波部屋(京都)
→朝日山部屋(大坂)
得意技 左四つ

明治期から大正期にかけての大相撲力士。
識者の間では歴代横綱の中で最弱との評価がされていました。


第29代 宮城山福松

第29代 宮城山福松の画像

第29代 宮城山福松

宮城山福松(みやぎやま ふくまつ)は

本名 佐藤 福松
愛称 小鳳・弱い横綱
生年月日 1895年2月27日
没年月日 1943年11月19日(満48歳没)
出身 岩手県一関市山ノ目町五代
身長 174cm
体重 113kg
BMI 37.32
所属部屋 出羽ノ海部屋→高田川部屋(大坂)
得意技 右四つ、寄り、吊り、下手投げ、打っ棄り

高田川部屋の力士。
岩手県出身力士では唯一横綱まで昇進した人です。


第30代 西ノ海嘉治郎
(3代)

第30代 西ノ海嘉治郎 (3代)の画像

第30代 西ノ海嘉治郎 (3代)

3代目 西ノ海 嘉治郎(さんだいめ にしのうみ かじろう)は

本名 松山 伊勢助
愛称 宿屋泣かせ・小便相撲・黒仁王・生蕃
生年月日 1890年11月2日
没年月日 1933年7月28日(満42歳没)
出身 鹿児島県西囎唹郡西国分村浜之市
(現・鹿児島県霧島市隼人町真孝)
身長 185cm
体重 124kg
BMI 36.23
所属部屋 井筒部屋
得意技 突っ張り、喉輪押し、諸差し、左四つ、寄り、掬い投げ、出し投げ、叩き

井筒部屋所属の力士。
優勝相当成績・優勝


第31代 常ノ花寛市

第30代 西ノ海嘉治郎 (3代)の画像
>h4>第31代 常ノ花寛市

常ノ花 寛市(つねのはな かんいち)は

本名 山野辺 寛一
愛称 御神酒徳利
生年月日 1896年11月23日
没年月日 1960年11月28日(満64歳没)
出身 岡山県岡山市
身長 178cm
体重 112kg
BMI 35.35
所属部屋 出羽ノ海部屋
得意技 突っ張り、右四つ、寄り、櫓投げ、上手投げ、足癖

出羽ノ海部屋所属の元大相撲力士。
優勝10回、うち3回が全勝で初めて
優勝回数を2桁に乗せた横綱だったそうです。


第33代 武藏山武

第33代 武藏山武の画像

第33代 武藏山武

武藏山 武(むさしやま たけし)は

本名 横山 武
愛称 飛行機・大人・五大力士・悲劇の横綱
生年月日 1909年12月5日
没年月日 1969年3月15日(満59歳没)
出身 神奈川県橘樹郡日吉村
(現:神奈川県横浜市港北区日吉本町)
身長 185cm
体重 116kg
BMI 33.89
所属部屋 出羽海部屋
得意技 右四つ、下手投げ、寄り

出羽海部屋所属の力士。
若い頃から将来を期待され、昇進のスピードは
飛行機に喩えられたそうです。


第34代 男女ノ川登三

第34代 男女ノ川登三の画像

第34代 男女ノ川登三

男女ノ川 登三(みなのがわ とうぞう)は

本名 坂田 供次郎
愛称 動く仁王・昭和の雷電・角界四天王
五大力士・三鷹の三奇人
生年月日 1903年9月17日
没年月日 1971年1月20日(満67歳没)
出身 茨城県筑波郡菅間村磯部
(現・茨城県つくば市磯部)
身長 193cm
体重 154kg
BMI 41.34
所属部屋 高砂部屋→佐渡ヶ嶽部屋→高砂部屋→佐渡ヶ嶽部屋
得意技 左四つ、割り出し、小手投げ

髙砂部屋所属の力士。
武藏山との割は非常に人気があって、

この割のために両国国技館が18年ぶりに
満員札止めになったこともありました。


第35代 双葉山定次<
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第35代 双葉山定次の画像

第35代 双葉山定次

双葉山 定次(ふたばやま さだじ)は

本名 龝吉 定次
愛称 不世出の横綱・相撲の神様
昭和の角聖・立浪三羽烏・古今十傑
打っ棄り双葉・無敵・協会の知恵袋
大鉄傘下の花形力士二人
生年月日 1912年2月9日
没年月日 1968年12月16日(満56歳没)
出身 大分県宇佐郡天津村布津部
身長 180cm
体重 135kg
BMI 41.67
所属部屋 立浪部屋→双葉山相撲道場
得意技 右四つ、寄り、上手投げ

立浪部屋所属の力士。
日中戦争の泥沼化、太平洋戦争が間近に迫る時局もあり、
国民的英雄でした。


第36代 羽黒山政司

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第36代 羽黒山政司

羽黒山 政司(はぐろやま まさじ)は

本名 小林 正治
愛称 立浪三羽烏・ジャングイ
生年月日 1914年11月18日
没年月日 1969年10月14日(満54歳没)
出身 新潟県西蒲原郡松長村
(現:新潟県新潟市西蒲区)
身長 179cm
体重 130kg
BMI 40.57
所属部屋 立浪部屋
得意技 左四つ、吊り、寄り、上手投げ

立浪部屋所属の力士。
戦後荒廃した相撲界を支えた立派な横綱です。


第37代 安藝ノ海節男

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第37代 安藝ノ海節男

安藝ノ海 節男(あきのうみ せつお)は

本名 永田 節男
愛称 一番相撲の名人・近代相撲の華
生年月日 1914年5月30日
没年月日 1979年3月25日(満64歳没)
出身 広島県広島市宇品町
(現:広島市南区宇品御幸)
身長 177cm
体重 128kg
BMI 40.86
所属部屋 出羽海部屋
得意技 左四つ、寄り、外掛け

出羽海部屋所属の力士。
双葉山の70連勝を阻止、

69連勝で止めた「世紀の一番」で知らた横綱です。

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第38代 照國萬藏

第38代 照國萬藏の画像

第38代 照國萬藏

照國 萬藏(てるくに まんぞう)は
本名 大野 萬藏(旧姓:菅)
愛称 桜色(桃色)の音楽・薔薇色の交響詩
白い殿堂・動く錦絵
生年月日 1919年1月10日
没年月日 1977年3月20日(満58歳没)
出身 秋田県雄勝郡秋ノ宮村
(現:秋田県湯沢市)
身長 174cm
体重 162kg
BMI 53.51
所属部屋 伊勢ヶ濱部屋
得意技 左四つ、寄り、吊り

伊勢ヶ濱部屋所属の力士。
安藝ノ海と同時に横綱に昇進し、

最年少横綱の記録を更新した横綱。


第39代 前田山英五郎

第39代 前田山英五郎の画像

第39代 前田山英五郎

前田山 英五郎(まえだやま えいごろう)は
本名 萩森 金松
愛称 闘将・稽古の鬼・クビになった横綱
前田山の張り手旋風・国際部長[1]
生年月日 1914年5月4日
没年月日 1971年8月17日(満57歳没)
出身 愛媛県西宇和郡喜須来村
(現:愛媛県八幡浜市)
身長 180cm
体重 120kg
BMI 37.04
所属部屋 高砂部屋
得意技 突っ張り、左四つ、吊り、寄り

高砂部屋所属の力士。
高見山の師匠としての「大相撲の国際化の先鞭をつけた親方」の
イメージが強いです。


第40代 東富士欽壹

第40代 東富士欽壹の画像

第40代 東富士欽壹

東富士 欽壹(あずまふじ きんいち)は
本名 井上 謹一
愛称 キン坊・幕下三羽烏・大将
怒濤の寄り身・動く富士山
生年月日 1921年10月28日
没年月日 1973年7月31日(満51歳没)
出身 東京府東京市下谷区
(現・東京都台東区)
身長 179cm
体重 178kg
BMI 55.55
所属部屋 富士ヶ根部屋→高砂部屋
得意技 左四つ、寄り、上手出し投げ

富士ヶ根部屋(後に高砂部屋に移籍)所属の力士。
力道山に誘われてプロレスに転向しました。


第41代 千代の山雅信

第41代 千代の山雅信の画像

第41代 千代の山雅信

千代の山雅信(ちよのやま まさのぶ)は
本名 杉村 昌治
愛称 青年横綱・鉄骨櫓・仁王・ドン
第二の武藏山
生年月日 1926年6月2日
没年月日 1977年10月29日(満51歳没)
出身 北海道松前郡福島町
身長 192cm
体重 122kg
BMI 33.09
所属部屋 出羽海部屋
得意技 突っ張り、右四つ、上手投げ

出羽海部屋所属の力士。
初めての北海道出身者

・横綱審議委員会推薦
・相撲協会推挙による横綱でした。


第42代 鏡里喜代治の画像

第42代 鏡里喜代治の画像

第42代 鏡里喜代治

鏡里 喜代治(かがみさと きよじ)は
本名 奥山 喜代治
愛称 ダルマさん
生年月日 1923年4月30日
没年月日 2004年2月29日(満80歳没)
出身 青森県三戸郡斗川村
(現:青森県三戸郡三戸町)
身長 176cm
体重 165kg
BMI 53.26
所属部屋 粂川部屋→双葉山相撲道場
→時津風部屋
得意技 右四つ、寄り、上手投げ

時津風部屋所属の元大相撲力士。
故郷三戸町では青森県初の横綱として

+名誉町民となっていました。


第43代 吉葉山 潤之輔の画像

第43代 吉葉山 潤之輔の画像

第43代 吉葉山 潤之輔

吉葉山 潤之輔(よしばやま じゅんのすけ)は
本名 池田 潤之輔
愛称 胃袋・高島部屋三羽烏
生年月日 1920年4月3日
没年月日 1977年11月26日(満57歳没)
出身 北海道厚田郡厚田村(現:北海道石狩市)
身長 179cm
体重 143kg
BMI 44.63
所属部屋 高島部屋
得意技 突っ張り、喉輪押し、左四つ、寄り、上手捻り、投げ

高島部屋所属の力士。
当時の人気俳優・市川右太衛門ばりの美男力士として
大変人気が高かったそうです。


第44代 栃 錦の画像

第44代 栃 錦の画像

第44代 栃錦清隆

本名 中田 清(旧姓:大塚)
愛称 マムシ・兎・名人横綱
技の展覧会・デンマーク体操
土俵の名人
生年月日 1925年2月20日
没年月日 1990年1月10日(満64歳没)
出身 東京府南葛飾郡
(現:東京都江戸川区)
身長 177cm
体重 132kg
BMI 42.13
所属部屋 春日野部屋
得意技 左四つ、寄り、押し、上手出し投げ

横綱在位:1955年1月~60年5月
東京都出身、春日野部屋。優勝10回。

強い足腰を武器に、しつこく、
粘り強い相撲を得意とした。

60年3月場所の史上初の千秋楽横綱全勝対決など、
初代若乃花と数々の名勝負。

「栃若時代」と呼ばれる一大相撲ブームを興した。
元相撲協会理事長である。


第45代 若乃花(初代)の画像

第45代 若乃花(初代)の画像

第45代 若乃花(初代)

本名 花田 勝治
愛称 オオカミ、土俵の鬼
生年月日 1928年3月16日
没年月日 2010年9月1日(満82歳没)
出身 青森県弘前市青女子
身長 179cm
体重 107kg
BMI 33.40
所属部屋 二所ノ関部屋→芝田山部屋→花籠部屋
得意技 左四つ、上手投げ、呼び戻し

横綱在位:1958年3月~62年3月
青森県出身、花籠部屋。優勝10回。

軽量ながら厳しい稽古で足腰を鍛え上げた
「土俵の鬼」。

呼び戻しなどの豪快な技も見せ、「異能力士」とも呼ばれた。
引退後は二子山部屋を興して2代目若乃花、

隆の里を横綱に、貴ノ花、若嶋津を大関に育てた。
元相撲協会理事長。


第46代 朝潮 太郎の画像

第46代 朝潮 太郎の画像

第46代 朝潮 太郎

本名 米川 文敏
愛称 大阪太郎・ケガニ[1]
生年月日 1929年11月13日
没年月日 1988年10月23日(満58歳没)
出身 鹿児島県徳之島(出生地は兵庫県武庫郡、現在の神戸市)
身長 189cm
体重 145kg
BMI 40.59
所属部屋 高砂部屋
得意技 左四つ、寄り

横綱在位:1959年5月~62年1月
鹿児島県出身、高砂部屋。優勝5回。

巨体、彫りの深い顔、そして胸毛がトレードマーク。
少年誌創刊号の表紙を飾るほど、

子供たちにも人気があった。

相手を捕まえて出るときの強さは群を抜いていた。

5回の優勝のうち4回が3月場所で「大阪太郎」とも言われたが、
逆に東京場所では優勝なし。

腰痛に悩まされ、横綱在位が短命に終わったのは残念だった。


第47代 柏戸 剛の画像

第47代 柏戸 剛の画像

第47代 柏戸 剛

本名 富樫 剛
愛称 角界のサラブレッド・七人の侍
山形生まれの江戸っ子
ハイティーントリオ・ガラスの横綱
生年月日 1938年11月29日
没年月日 1996年12月8日(満58歳没)
出身 山形県東田川郡山添村
(現・山形県鶴岡市)
身長 188cm
体重 143kg
BMI 40.46
所属部屋 伊勢ノ海部屋
得意技 突っ張り、右四つ、寄り

横綱在位:1961年11月~69年7月
山形県出身、伊勢ノ海部屋。優勝5回。

ライバル大鵬と同時に横綱昇進。
「柏鵬時代」を築いた。

大鵬が柔なら柏戸は剛。
激しい速効で一直線に押し出す相撲を得意とした。

子どもらに人気があった大鵬とは対照的に、男らしさで勝負


第48代 大鵬 幸喜の画像

第48代 大鵬 幸喜の画像

第48代 大鵬 幸喜

本名 納谷 幸喜(別名:住吉 幸喜)
愛称 コンピューター・北海の白熊
負けない○○
生年月日 1940年5月29日
没年月日 2013年1月19日(満72歳没)
出身 北海道川上郡弟子屈町
(出生地は樺太敷香郡敷香町)
身長 187cm
体重 153kg
BMI 43.75
所属部屋 二所ノ関部屋
得意技 左四つ、寄り、掬い投げ、上手投げ

横綱在位:1961年11月~71年5月
北海道出身、二所ノ関部屋。優勝32回。

昭和の大横綱。不滅の32回優勝、
うち2度の6場所連続優勝がさん然と輝く。

68年から翌年にかけて45連勝。
体が柔らかでふところが深く、

相手の奇襲にも対応できる柔軟さがあった。
甘いマスクで女性や子供に大人気。

当時の子どもの好きなものを表す「巨人・大鵬・卵焼き」の
流行語が生まれるほどの人気ぶりだった。


第49代 栃ノ海の画像

第49代 栃ノ海の画像

第49代 栃ノ海

 
花田 茂廣→栃ノ海 晃嘉(花田 茂廣→栃ノ海 晃嘉)

本名 花田 茂廣
生年月日 1938年3月13日(78歳)
出身 青森県南津軽郡光田寺村(現在の田舎館村)
身長 177cm
体重 110kg
BMI 35.11
所属部屋 春日野部屋
得意技 左四つ、寄り、上手出し投げ、両前褌、足癖

横綱在位:1964年3月~66年11月
青森県出身、春日野部屋。優勝3回。

小柄な体ながら、速効、相撲のうまさに定評があった。
昇進2場所目に優勝。在位17場所、

28歳8カ月で引退した。


>第50代 佐田の山の画像

第50代 佐田の山の画像

第50代 佐田の山

四股名 佐田の山 晋松

本名 市川(旧姓:佐々田)晋松
愛称 ノッポの晋松・出羽三羽烏
生年月日 1938年2月18日(78歳)
出身 長崎県南松浦郡有川町
(現:新上五島町)
身長 182cm
体重 129kg
BMI 38.94
所属部屋 出羽海部屋
得意技 突っ張り、右四つ、寄り、上手投げ

横綱在位:1965年3月~68年3月
長崎県出身、出羽海部屋。優勝6回。

入幕3場所目で平幕優勝し、
8場所目には大関となるスピード出世。

激しい突っ張りを武器に、
横綱昇進後も3度の優勝を加えた。

元相撲協会理事長。


第51代 玉の海の画像

第51代 玉の海の画像

第51代 玉の海

四股名 玉乃嶋 正夫 → 玉乃島 正夫 →玉の海 正洋

本名 谷口→竹内正夫
愛称 悲劇の横綱・現代っ子横綱[1]
生年月日 1944年2月5日
没年月日 1971年10月11日(満27歳没)
出身 愛知県宝飯郡蒲郡町(現・蒲郡市)
身長 177cm
体重 135kg
BMI 43.09
所属部屋 二所ノ関部屋→片男波部屋
得意技 突っ張り、右四つ、寄り、吊り、上手投げ

横綱在位:1970年3月~71年9月
愛知県出身、片男波部屋。優勝6回。

大鵬の胸を借りて強くなり、
70年初場後に北の富士とともに横綱に昇進。

右四つからの上手投げなどを得意とした。
大横綱への道を歩みかけたかに見えた71年10月に急逝。

在位は2年に満たなかった。


第52代 北の富士の画像

第52代 北の富士の画像

第52代 北の富士

四股名 竹沢 勝昭 → 竹美山 勝明 → 北の冨士 勝明 → 北の富士 勝明 → 北の富士 洋行 → 北の富士 勝昭 → 北の富士 勝晃 →北の富士 勝昭

本名 竹澤 勝昭
愛称 現代っ子横綱・香車・槍烏賊
若手三羽烏・名門の二男坊
イレブン横綱・プレイボーイ横綱
夜の帝王
生年月日 1942年3月28日(74歳)
出身 北海道旭川市
身長 185cm
体重 135kg
BMI 39.44
所属部屋 出羽海部屋→九重部屋
得意技 突っ張り、左四つ、寄り、上手投げ、外掛け

横綱在位:1970年3月~74年7月
北海道出身、九重部屋。優勝10回。

ライバル玉乃島(のち横綱玉の海)とともに横綱昇進。
速効、豪快な投げ技を武器に「北玉時代」を築いた。

引退後に九重部屋を継ぎ、千代の富士、北勝海の二横綱を育てた。



第53代 横綱 琴 桜の画像

第53代 横綱 琴 桜の画像

第53代 琴 桜

四股名 琴櫻 傑將

本名 鎌谷 紀雄
愛称 猛牛・姥櫻・破れ桜・ポンコツ櫻
生年月日 1940年11月26日
没年月日 2007年8月14日(満66歳没)
出身 鳥取県東伯郡倉吉町
(現・鳥取県倉吉市)
身長 182cm
体重 150kg
BMI 45.28
所属部屋 佐渡ヶ嶽部屋
得意技 押し、右四つ、寄り、吊り

第53代 琴 桜

横綱在位:1973年3月~74年5月
鳥取県出身、佐渡ヶ嶽部屋。優勝5回。
6場所制導入以降最も遅い32歳1カ月で横綱昇進。
強烈な当たりとのど輪で攻め込む押し相撲を得意とし、
「猛牛」と言われた。
引退後は佐渡ケ嶽部屋を継承。琴風、琴欧洲らを育てた。


第54代 輪 島の画像

第54代 輪 島の画像

第54代 輪 島

四股名 輪島 大士

本名 輪島 博
愛称 ワジー
生年月日 1948年1月11日(68歳)
出身 石川県七尾市
身長 185cm
体重 132kg
BMI 38.57
所属部屋 花籠部屋
得意技 左四つ、寄り、下手投げ

横綱在位:1973年7月~81年3月
石川県出身、花籠部屋。優勝14回。

2年連続学生横綱のタイトルを引っさげ、
鳴り物入りでデビュー。

2場所で関取、3年半で横綱になった。
学生相撲出身で初の横綱。

北の湖と何度も優勝を争い、「輪湖時代」を築いた。
「黄金の左」と言われたほど、

左下手をとった時の強さは群を抜いていた。


第55代 北の湖の画像

第55代 北の湖の画像

第55代 北の湖

四股名 北の湖 敏満

本名 小畑 敏満
愛称 北の怪童・大相撲の申し子
・不沈艦・モンスター
・コンピューター付きブルドーザー
生年月日 1953年5月16日
没年月日 2015年11月20日(満62歳没)
出身 北海道有珠郡壮瞥町字滝之町
身長 179cm
体重 170kg
BMI 53.06
所属部屋 三保ヶ関部屋
得意技 左四つ、吊り、寄り、上手投げ

横綱在位:1974年9月~85年1月
北海道出身、三保ヶ関部屋。優勝24回。

「北の怪童」と呼ばれ、最年少記録となる
21歳2カ月で横綱に昇進した。

横綱在位63場所、818回出場、670勝は歴代1位。
弟子の大麻問題で08年に理事長を引責辞任したが、

12年復帰した。


第56代 若乃花(2代)の画像

第56代 若乃花(2代)の画像

第56代 若乃花(2代)

四股名 下山 勝則→朝ノ花 勝則→若三杉 幹士→若三杉 壽人→若乃花 幹士

本名 下山 勝則
愛称 カンボ
生年月日 1953年4月3日(63歳)
出身 青森県南津軽郡大鰐町
身長 187cm
体重 133kg
BMI 38.03
所属部屋 二子山部屋
得意技 左四つ、上手投げ、外掛け

横綱在位:1978年7月~83年1月
青森県出身、二子山部屋。優勝4回。

大関時代までは「若三杉」を名乗り、
甘いマスクで同部屋の貴ノ花とともに人気を集めた。

昇進後、師匠の「若乃花」を継いだが、
横綱としては大成しなかった。


第57代 三重ノ海の画像

第57代 三重ノ海の画像

第57代 三重ノ海

四股名 石山 五郎 → 三重ノ海 五郎 →三重ノ海 剛司

本名 石山 五郎
愛称 安藝ノ海二世
生年月日 1948年2月4日(68歳)
出身 三重県松阪市
身長 181cm
体重 135kg
BMI 41.20
所属部屋 出羽海部屋
得意技 左四つ、寄り、上手出し投げ

横綱在位:1979年9月~80年11月
三重県出身、出羽海部屋。優勝3回。

一度は大関から陥落するも返り咲き、
31歳で横綱に昇進した。

前さばきのうまさに定評があった。
引退後は武蔵川部屋を興し、

横綱武蔵丸や出島、雅山、武双山の3大関を育てた。
元相撲協会理事長。


第58代 千代の富士の画像

第58代 千代の富士の画像

第58代 千代の富士

四股名 千代の富士 貢

本名 秋元 貢
愛称 ウルフ・大将・ゴリラ
小さな巨人・小さな大横綱
生年月日 1955年6月1日(60歳)
出身 北海道松前郡福島町
身長 183cm
体重 126kg
BMI 37.62
所属部屋 九重部屋
得意技 右四つ、寄り、上手投げ

横綱在位:1981年9月~91年5月
北海道出身、九重部屋。優勝31回。

「ウルフ」と呼ばれた昭和最後の大横綱。
優勝回数は大鵬の32回に次ぎ、通算1045勝も

魁皇に次ぐ歴代2位。
1988年に53連勝も記録した。

89年に国民栄誉賞受賞。


第59代 隆の里の画像

第59代 隆の里の画像

第59代 隆の里

四股名 隆の里 俊英
本名 高谷 俊英
愛称 おしん横綱、ポパイ、漢方薬博士、ヌケヌケ星人
生年月日 1952年9月29日
没年月日 2011年11月7日(満59歳没)
出身 青森県南津軽郡浪岡町
(現在の青森市)
身長 181cm
体重 158kg
BMI 48.23
所属部屋 二子山部屋
得意技 右四つ、寄り、吊り、上手投げ

横綱在位:1983年9月~86年1月
青森県、二子山部屋出身。優勝4回。

糖尿病を克服し30歳で横綱に昇進。
当時の人気番組になぞらえ「おしん横綱」と言われた。

千代の富士に勝ち越した数少ない力士。
引退後は鳴戸部屋を起こし、

若の里、稀勢の里らを育てた。


第60代 双羽黒の画像

第60代 双羽黒の画像

第60代 双羽黒

横綱在位:1986年9月~87年11月
三重県出身、立浪部屋。優勝なし。
幕内優勝の経験がないまま横綱に昇進。
1年余の横綱在位中も、
千代の富士の厚い壁に最後まで阻まれた。
87年末に、師匠らとトラブルをおこし、
24歳の若さで廃業した。


第61代 北勝海の画像

第61代 北勝海の画像

第61代 北勝海

四股名 保志 信芳→富士若 信芳→保志 信芳→保志 延芳→北勝海 信芳
本名 保志 信芳
生年月日 1963年6月22日(52歳)
出身 北海道広尾郡広尾町
身長 181cm
体重 150kg
BMI 45.79
所属部屋 九重部屋
得意技 押し、左四つ、寄り

横綱在位:1987年7月~92年3月
北海道出身、九重部屋。優勝8回。

兄弟子・千代の富士の胸を借りて強くなった。
小錦や双羽黒らとともに昭和38年生まれの「花のサンパチ組」と

言われたが、横綱になってからも努力を惜しまなかった。

引退後、八角親方として海鵬、北勝力らを育てた。


第62代 大乃国の画像

第62代 大乃国の画像

第62代 大乃国

四股名 青木康 → 大ノ国康 → 大乃国康
本名 青木 康
愛称 白熊パンダ・象・スイーツ王子
スイーツおじさん・スイーツ親方
キング・オブ・スイーツ
生年月日 1962年10月9日(53歳)
出身 北海道河西郡芽室町
身長 189cm
体重 210kg
BMI 58.79
所属部屋 花籠部屋→放駒部屋
得意技 右四つ、寄り、上手投げ

横綱在位:1987年11月~91年7月
北海道出身、放駒部屋。優勝2回。

88年九州場所千秋楽で、
千代の富士の連勝を53で止めた一番はいまも語り草。

甘味好きの「スイーツ親方」としても知られる。


第63代 旭富士の画像

第63代 旭富士の画像

第63代 旭富士

四股名 旭富士 正也
本名 杉野森 正也
生年月日 1960年7月6日(55歳)
出身 青森県西津軽郡木造町
(現:つがる市)
身長 189cm
体重 143kg
BMI 40.00
所属部屋 大島部屋
得意技 右四つ、寄り、掬い投げ

横綱在位:1990年9月~92年1月
青森県出身、大島部屋。優勝4回。

在位9場所は歴代4番目の短さ。
伊勢ケ浜親方として日馬富士らを育てる。


>第64代  曙の画像
第64代  曙の画像

第64代  曙

四股名 曙 太郎
本名 曙 太郎
(旧名・米国名:チャド・ジョージ・ハヘオ・ローウェン)
生年月日 1969年5月8日(47歳)
出身 アメリカ合衆国ハワイ州オアフ島
身長 201cm
体重 233kg
BMI 55.99
所属部屋 東関部屋
得意技 突き、押し、右四つ、寄り、吊り

横綱在位:1993年3月~2001年1月
米国ハワイ州出身、東関部屋。優勝11回

外国人初の横綱。235キロの巨体で
ライバル貴乃花を手こずらせた。

引退後、部屋付きの親方として後進を指導していたが、
03年にプロ格闘家に転身した。


第65代 貴乃花の画像

第65代 貴乃花の画像

第65代 貴乃花

四股名 貴乃花 光司
本名 花田 光司
愛称 コウジ
生年月日 1972年8月12日(43歳)
出身 東京都杉並区
身長 185cm
体重 161kg (現役時)
85kg (2010年)
BMI 47.04(現役時)
24.80(2010年)
所属部屋 藤島部屋→二子山部屋
得意技 突っ張り、右四つ、左四つ、寄り、上手投げ

横綱在位:1995年1月~2003年1月
東京都出身、二子山部屋。優勝22回。

兄・若乃花とともに空前の若貴フィーバーを巻き起こした。
19歳5カ月での幕内優勝をはじめ、

数々の最年少記録を樹立。
怪我に苦しみながらも横綱49場所を務め、

一代年寄を贈られた。


第66代 若乃花(3代)の画像

第66代 若乃花(3代)の画像

第66代 若乃花(3代)

四股名 若乃花 勝
本名 花田 勝
愛称 お兄ちゃん・若・若様
生年月日 1971年1月20日(45歳)
出身 東京都中野区(出生地・東京都杉並区)
身長 180cm
体重 134kg
BMI 41.36
所属部屋 藤島部屋→二子山部屋
得意技 おっつけ、押し、左四つ、寄り

横綱在位:1998年7月~2000年3月
東京都出身、二子山部屋。優勝5回。

貴乃花とともに史上初の兄弟横綱に。
弟思いの「お兄ちゃん」と親しまれた。

横綱昇進後は皆勤負け越し(7勝8敗)も喫するなど、
賜杯には手が届かず。在位11場所と短命の横綱に終わった。


第67代 武蔵丸の画像

第67代 武蔵丸の画像

第67代 武蔵丸

四股名 武蔵丸光洋
本名 武蔵丸光洋(旧名・米国名:フィアマル・ペニタニ)
生年月日 1971年5月2日(45歳)
出身 アメリカ合衆国ハワイ州
(アメリカ領サモア生まれ)
身長 192cm
体重 235kg
BMI 63.75
所属部屋 武蔵川部屋
得意技 突き、押し、右四つ(かつては左四つ)

横綱在位:1999年7月~2003年11月
米国ハワイ州出身、武蔵川部屋。優勝12回。

曙に次ぐ外国人力士2人目の横綱。
55場所連続勝ち越しの記録を持つ。

曙、貴乃花、若乃花とともに4横綱が番付に並ぶ時期もあり、
平成相撲ブームを支えた一人。


第68代 朝青龍の画像

第68代 朝青龍の画像

第68代 朝青龍

四股名 朝青龍 明徳
本名 Долгорсүрэнгийн Дагвадорж
ドルゴルスレンギーン・ダグワドルジ
愛称 ドルジ
生年月日 1980年9月27日(35歳)
出身 モンゴルの旗 モンゴル ウランバートル
身長 184cm
体重 154kg
BMI 45.49
所属部屋 若松部屋→高砂部屋
得意技 突っ張り、左四つ、寄り、投げ

横綱在位:2003年11月~10年1月
モンゴル出身、高砂部屋。優勝25回。

強さと人気を兼ね備えた横綱。
初土俵から25場所での横綱昇進は、

年6場所制となって以降最速。
05年には7場所連続優勝、

年間完全制覇を果たした。


第69代 白 鵬の画像

第69代 白 鵬の画像

第69代 白 鵬

四股名 白鵬 翔
本名 ムンフバト・ダヴァジャルガル
Мөнхбатын Даваажаргал
愛称 ダワー
生年月日 1985年3月11日(31歳)
出身 モンゴル国ウランバートル市
身長 192cm
体重 155kg
BMI 42.05
所属部屋 宮城野部屋
得意技 右四つ、寄り、上手投げ

横綱在位:2007年7月~
モンゴル出身、宮城野部屋。優勝23回。

同じモンゴル出身の朝青龍とともに一時代を築き、
朝青龍の引退後2年以上も一人横綱を張った。

2010年初場所14日目から同年九州場所初日まで、
双葉山の69連勝に次ぐ63連勝。

柔らかな体、重い腰で、相手のどんな取り口にも柔軟に対応する。


第70代 日馬富士の画像

第70代 日馬富士の画像

第70代 日馬富士

四股名 安馬 公平→日馬富士 公平
本名 ダワーニャミーン・ビャンバドルジ
Даваанямын Бямбадорж
愛称 アマ
生年月日 1984年4月14日(32歳)
出身 モンゴル国ゴビアルタイ
身長 185cm
体重 135kg
BMI 39.44
所属部屋 安治川部屋/伊勢ヶ濱部屋
得意技 突っ張り、右四つ、寄り

横綱在位:2012年11月~
モンゴル出身、伊勢ケ浜部屋。優勝5回。

12年九月場所で2場所連続全勝優勝を達成。
持ち味の素早い攻めと強い足腰を生かした

「全身全霊」の相撲で横綱昇進を決めた。
土俵入りは白鵬と同じ不知火型で、

史上初めて不知火型2人が同時に在位することになる。

第71代 鶴竜の画像

第71代 鶴竜

四股名 鶴竜 力三郎
本名 マンガルジャラビーン・アナンド
Мангалжалавын Ананд
愛称 アナンダ
生年月日 1985年8月10日(30歳)
出身 モンゴル国ウランバートル市
身長 186cm
体重 155kg
BMI 44.80
所属部屋 井筒部屋

横綱在位:
モンゴル出身、井筒部屋。
四股名の「鶴」は部屋ゆかりの四股名「鶴ヶ嶺」から、
「力三郎」は尊敬する井筒部屋の大先輩

・寺尾が新十両場所だけ名乗っていたゆかりの四股名「源氏山」の
下の名前に由来する。締め込みの色は青。

関連サイト

現在の大相撲の各場所の名前と由来について

【画像付】大相撲の歴代横綱の経歴と出身地|完全解説

大相撲の懸賞金の予想はいくら位 優勝者予想 白鵬?稀勢の里?豪栄道?

大相撲 決まり手!珍手や奇手の数を画像で紹介

まとめ

如何でしたでしょうか
横綱になられた方々には色々な経歴をお持ちの方が
居られますね
経歴を見てみると楽しくありませんか

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