SPONSORED LINKS



稀勢の里が横綱に昇進が決定しました!


日本人の62代目の横綱の誕生です。

日本のファンが待ちに待った横綱です。
相撲ファンに期待されてから随分イライラ
しながら、待っていた横綱として
今後、どのような横綱に成長してくれるのか
楽しみでなりません。

今回は横綱稀勢の里の現在までの様子や
稀勢の里がどのようなお嫁さんを貰うのか
気になりますので稀勢の里の結婚についても
調べてみましたので、これらについて
記載しました。

・稀勢の里の62代目の横綱誕生迄の経緯


相撲ファンの皆さん及び稀勢の里のファンの
皆さんは、稀勢の里横綱を随分長い間
期待して待っていたことでしょう!



今場所こそは!



来場所こそは!

この様な期待をされた、ファンの皆さん


やっと?稀勢の里が横綱に正式昇進しました。

本当に嬉しい限りです!

・稀勢の里のプロフィールは

四股名 稀勢の里 寛
本名 萩原 寛
愛称 ハギ、キセのん
生年月日 1986年7月3日(30歳)
出身 茨城県牛久市(出生地は兵庫県芦屋市)
身長 188cm
体重 175kg

好きな食べ物は
のっぺい汁、
焼き鳥、
フグ刺し、
紀州南高梅

この様なものがお好きの様です!

平成時代以降昇進した大関で
優勝ゼロの力士で
大相撲史上初めて年間最多勝を獲得(2016年)、
幕内優勝次点過去12回達成で、
優勝無しでは
元大関・豊山(のち時津風理事長)の
8回を超える最多記録があります。

・稀勢の里の横綱昇進までの経緯は


稀勢の里は2017年1月場所で14日目に
優勝を決め、千秋楽を待たずに
初の幕内最高優勝を果たしました。

また、大関昇進後31場所での優勝は、

琴奨菊の26場所を上回り、
歴代で最も遅い記録になりました。


2017年1月25日に第72代横綱に
昇進が決定しました。

初土俵から89場所目での初優勝であり、
大関昇進後31場所での優勝は
歴代で最も遅い記録です。



よくここまで辛抱してきた姿は
素晴らしいと思います!

2017年3月場所は
2000年以来17年ぶりの
4横綱での開催となります。

大相撲の取り組みで4横綱の番付を
観られるのは、ファンが興奮させられます。

・稀勢の里の入門から横綱昇進までの詳細は

・稀勢の里の入門までの来歴を紹介します。

小学校時代には野球をやっていましたが
その頃から相撲が好きだったようです。
相撲は特にテレビ観戦をしていましたが

この頃は体が大きく相撲が好きだったので
入門を希望したが
入門にあたっては難色を示す両親や
中学の先生を、
鳴戸親方が熱心に説得して実現した様です。

・稀勢の里の初土俵~十両の頃の来歴を紹介します。

稀勢の里の十両昇進は貴乃花に次ぐ
年少2番目の記録(17歳9カ月)でした。

ただし十両では終盤戦で頻繁に立ち合いの変化に敗れ
失速してしまい、二桁勝利を挙げられなかったが
わずか3場所で通過しています。

・稀勢の里の初土俵~幕内の頃の来歴を紹介します。

2004年、11月場所は貴乃花に次ぐ年少
2番目の記録(18歳3カ月)で番付を駆け上がり
新入幕を果たしています

この間は最高成績が9勝6敗で、
ぎりぎりの勝ち越しと負け越しを
繰り返していた様です。

2005年の9月場所では
12勝3敗の好成績を挙げ最後まで優勝争いに残り、

また優勝争いの先頭だった琴欧州に土をつけ、
初の三賞となる敢闘賞を受賞しています。

翌11月場所は自己最高位の
東前頭5枚目で5勝10敗と大きく負け越しました。

2006年、3月場所では
東前頭7枚目で10勝5敗と
2005年9月場所以来3場所ぶりの二桁勝利を上げ、
翌5月場所は自己最高位の東前頭筆頭で
千秋楽に8勝7敗と勝ち越し、
7月場所での三役昇進を果たしています。

翌11月場所も8勝7敗と勝ち越し、
幕内に昇進して以来初めての
年間全場所勝ち越しを達成しています。

2007年、1月場所では千秋楽に敗れて
7勝8敗と負け越し、
4場所勤めた小結から陥落してしまいました。

翌3月場所は6勝9敗と負け越し徹しまい、

5月場所も6勝9敗と
3場所連続で負け越してしまいました。

西前頭6枚目で迎えた7月場所は
千秋楽で大関昇進が確実な関脇の琴光喜に
勝利するなど、
11勝4敗と8場所ぶりの二桁勝利を挙げました。

9月場所では小結に復帰しましたが
6勝9敗と負け越してしまいました。

11月場所では、中盤までは黒星が先行する
展開であったが終盤に4連勝して9勝6敗と勝ち越してしまいました。

2008年、1月場所2日目に2場所連続出場停止
(2007年9・11月)明けだった朝青龍に対し、
朝青龍の背中について最後は豪快に
土俵下へ送り倒して快勝、

初の金星を獲得。

10勝5敗で2度目の殊勲賞を受賞しています。

3月場所で3場所ぶりに小結復帰を果たし、
11日目に7勝4敗であったが、
その後下位力士に連敗してしまい、
14日目に勝ち越しを決めたものの、
千秋楽に7勝7敗の西関脇の琴奨菊戦に
敗れ関脇昇進を逃してしまいました。

5月場所は初日には
朝青龍に勝利するなど、
10勝5敗と三役では初の2桁勝利を挙げて

2度目の敢闘賞を受賞
しています。

両関脇が勝ち越したため
7月場所も小結に据え置きとなり、
小結在位8場所と、最高位が小結の力士としては
昭和以降では富士錦の10場所、
出羽錦と高見山の9場所に次ぐ記録となった
(富士錦以外はその後関脇に昇進している)。

7月場所は6勝9敗と負け越した。
前頭2枚目に降格となった
9月場所では腸捻転と診断され
初日から4連敗(場所中は公表していなかった)。
5日目には白鵬を破り金星を獲得したものの、
12日目に負け越しが決まり、
6勝9敗に終わっています。

11月場所は11勝4敗と3場所ぶりの
勝ち越しと2桁勝利を挙げて
小結への復帰が決まった。

2009年、1月場所は初日の
対朝青龍戦で敗れた後1度も
白星先行できず、
7勝7敗で迎えた千秋楽で高見盛に勝利し
8勝7敗と勝ち越し、
初の関脇昇進を果たした。

新関脇となった3月場所では
5勝10敗の負け越しで、
1場所で関脇から陥落してしまった。

5月場所は初日から
5連勝するなど好調で、
千秋楽まで優勝争いに加わり、
日馬富士が琴欧洲に敗れて
朝青龍が白鵬に勝てば
「白鵬、朝青龍、日馬富士、稀勢の里での
優勝決定戦の
四つ巴戦」の可能性もあったが、

日馬富士が琴欧洲を破り、
優勝の可能性が消えた。
それでも自身最高となる13勝2敗の好成績をあげ、

3度目の敢闘賞
を受賞しています。

7月場所は2場所ぶりに
関脇に復帰(西関脇)しました。

中日に朝青龍を土俵際で
左からの突き落としで破り、
朝青龍の全勝を止めた。
9日目まで7勝2敗だったが、
その後3連敗。13日目に勝ち越しを決め、
最終的に9勝6敗であった。

1横綱(朝青龍)3大関(魁皇、琴光喜、千代大海)を破った。

9月場所は中日まで5勝3敗だったが
その後4連敗し、
7勝7敗にこぎつけたものの、
千秋楽に把瑠都に上手投げで敗れ、
7勝8敗と負け越してしまいました。

11月場所は小結に陥落し
小結在位が歴代10位タイの10場所となった。

また23歳3カ月での
10場所到達は武双山の27歳6ヶ月を
大幅に上回る史上最年少記録である。
11月場所も6勝9敗と精彩を欠いた。

2010年、前頭3枚目に陥落した
1月場所は序盤5連勝と好調だったが、
その後5連敗し、
9勝6敗に終わっています。

小結に復帰した3月場所も
9勝6敗と勝ち越しはしたが2桁勝利には届かず、
上位陣との対戦では

外国勢の白鵬、日馬富士、琴欧洲、把瑠都には
いずれも敗れてししまっています。

関脇で迎えた5月場所もその4人に敗れ、
8勝7敗に終わっています。

7月場所は中日まで6勝2敗の成績だったが
そこからこれまで苦手として来た力士に
加え阿覧や豊真将にも完敗するなど5連敗し、
千秋楽にも鶴竜に土俵際の逆転で敗れ
7勝8敗と負け越し、

9月場所は12場所目の小結へ陥落した。
その9月場所でも把瑠都を破ったものの
7勝8敗と負け越し、
11月場所は前頭筆頭に転落しいました。

11月場所、2日目には63連勝中の
白鵬を寄り切りで破って
連勝記録を止めています。

同時に
自身3個目の金星獲得
しました。

最終的には10勝5敗となり、

殊勲賞を受賞
しました。

2011年、1月場所は11日目には
23連勝中だった白鵬を押し出しで破った。

最終的に11月場所と同じ10勝5敗で取り終え、

2場所連続で殊勲賞を受賞
した。


関脇での2桁勝利は自身初です。

ただし西関脇の琴奨菊が11勝を挙げたため、
次の5月技量審査場所では西関脇に番付を下げてしまいまっした。

この場所では、
不戦勝の琴欧洲戦を除く上位の外国人力士には
全敗を喫するなど不振で、
千秋楽で8勝7敗と勝ち越したが、
東関脇の琴奨菊が10勝を挙げたため
7月場所の番付は西関脇を維持しました。

7月場所は終盤に5連勝し
千秋楽では14戦全勝で優勝を決めていた
日馬富士に土を付け全勝優勝を阻むなど
10勝5敗を挙げ、
3度目の三役での二桁勝利となったが、
東関脇の琴奨菊は11勝を挙げたため
9月場所の番付も西関脇のまま維持となった。

その9月場所は初日から8連勝で幕内では
初の中日勝ち越しを決めたが、
9日目に初黒星を喫し、
その後も2連敗したが、

12日目に白鵬を小手投げで破り
最終的に12勝3敗で取り終えた。
この時点では優勝決定戦による逆転優勝の
可能性があったが、

結びの一番で白鵬が勝ったため
優勝はならなかったが、
白鵬を破ったことが評価されて
殊勲賞を受賞
した。

大関挑戦の場所となった11月場所の
直前に師匠の鳴戸親方(元横綱・隆の里)が急逝。
初日から4連勝の後、
5日目に平幕の豪栄道に敗れる。

14日目に10勝目をあげ、
この時点で大関昇進の目安である
直前3場所33勝まであと1勝の32勝となったが、
最近6場所中5場所で2桁勝利を挙げていることと

横綱白鵬に対し3勝3敗と互角であることや
相撲内容から千秋楽の結果を待たずに審判部が会議を開き、
臨時理事会を開催するよう放駒理事長(元大関魁傑)に
満場一致で要請し、30日に理事会の開催が決定。
理事会で大関昇進が見送られた例がない
(横綱昇進の場合のみ)
ため事実上
大関昇進が決定
した。

千秋楽は新大関の琴奨菊に敗れて
(この敗戦により対琴奨菊戦は
前年の11月場所から6連敗となった)
10勝5敗に終わったが、
相撲内容が評価されて
技能賞を受賞
した。

しかし一部のマスコミ関係者などには、
稀勢の里の大関昇進に対し疑問の声も存在した。

・稀勢の里の大関の頃の来歴を紹介します。

11月30日の日本相撲協会理事会にて
満場一致で昇進が決定し、正式に大関に昇進した。
昇進伝達式での

口上は「大関の名を汚さぬよう精進します」

というシンプルなものでした。

新入幕から所要42場所での大関昇進は史上5位のスロー記録。
小結在位12場所は大関に昇進した力士としては
魁皇と武双山の11場所を抜き史上最多である。

2012年
新大関の1月場所では
4日目豊ノ島に押し出されて初黒星を喫する。
9日目に豊真将を寄り切って勝ち越し、
10日目に琴奨菊を突き落としで
破り9勝1敗と好調だったが、
11日目に白鵬、
12日目に把瑠都に連敗し
優勝争いから脱落。

千秋楽は琴欧洲を寄り切り
11勝4敗で取り終えました。

3月場所は初日から栃乃若と
栃煌山に連敗。

5日目には時天空に敗れ2勝3敗と
黒星が先行し、
これが響いて9勝6敗に終わったものの、
8日目に鶴竜、
13日目には白鵬、
14日目には把瑠都に勝利するなど存在感を示した。

5月場所、5日目妙義龍に敗れた以外は、
11日目まで10勝1敗で次点とは
2差つける単独トップに立っていた。

しかし12日目に栃煌山、
13日目に白鵬と2連敗。
平幕の旭天鵬、栃煌山らと共に、
優勝争いトップの11勝3敗で迎えた。

千秋楽は苦手の把瑠都に上手投げで敗れてしまい、
11勝4敗で優勝決定戦への出場も逃す格好となった。

7月場所は4日目 安美錦、
7日目豪栄道と序盤での取りこぼしがあったのが響き、
11日目に日馬富士に敗れて3敗となって
優勝争いから脱落。
14日目白鵬戦と千秋楽琴欧洲戦を連敗し、
結局10勝5敗に終わった。

9月場所は白鵬、日馬富士らとともに
連勝を続けて大関昇進後では
初の中日勝ち越しを決めたが、

9日目に豊真将、
11日目に安美錦に敗れて
優勝争いから後退してしまいました。

さらに13日目からの横綱、
大関戦に全敗を喫して10勝5敗にとどまった。

直前の秋巡業(長野)で
左足首の痛みを訴え途中休場するも
(痛風の可能性もあった)、

11月場所は3場所連続の10勝5敗にとどまった。


2013年-初の綱取り挑戦-

1月場所は序盤に栃煌山、把瑠都に連敗するも、
そこから8連勝して12日目まで10勝2敗としたが、
そこから3連敗で4場所連続の10勝5敗に終わった。

3月場所は中日まで白星と黒星が交互に
並ぶ4勝4敗となったが、
そこから6勝1敗と盛り返して、
5場所連続の10勝5敗で取り終えた。

5月場所は初日から初の13連勝を達成した。

14日目に共に全勝同士の白鵬と
対決したが掬い投げで敗れて初黒星。

翌千秋楽も琴奨菊に一方的に寄り倒しで
敗れてしまい13勝2敗、
念願の幕内初優勝はならなかった。

それでも5月場所後、
理事長の北の湖は全勝で優勝した白鵬と2勝差ながら、
『優勝に準じる成績』であるとして
「翌場所でハイレベルな優勝をすれば
横綱昇進の可能性もある」との見解を示した。
(但し伊勢ヶ浜審判部長(元横綱旭富士)は
「今はそういう考え(綱獲り)はない」と、
北の湖理事長の発言とは全く相違の意見を述べている

7月場所前「13勝以上の優勝なら横綱昇進も」と
北の湖理事長が公言する中 、
栃煌山との出稽古での負け越しや
日馬富士との稽古で右足の痛みを訴えるなど
不調が伝えられた 。

7月場所は3日目栃煌山に突き落とされ
初黒星を喫し、

5日目は千代大龍に送り出され

7日目、豪栄道に寄り切られて3敗目で、
綱獲りは消滅となった。

その後8日目からは7連勝、

14日目には白鵬を寄り倒して

連勝記録を43でストップさせている。

「今場所12勝挙げれば来場所綱獲りに繋がる」と
北の湖理事長が明言するも 、
千秋楽は又しても2場所連続で琴奨菊に
完敗してしまい結局11勝4敗、
綱獲りは白紙に戻ってしまった。

9月場所は3日目に隠岐の海に敗れ、

9日目には先場所に引き続き千代大龍に
突き出されて2敗。

13日目に豪栄道に押し出されてしまい
3敗目となり、

14日目に白鵬との直接対決で敗れ、
白鵬の27回目の優勝が決定した

千秋楽は鶴竜を寄り切って、
2場所連続で11勝4敗。

11月場所は3日目に安美錦に、
中日には豪栄道に敗れて2敗となるが、

13日目に日馬富士を寄り切りで、
14日目には白鵬を上手投げで
全勝で並走していた両横綱を破るが、

優勝の可能性は14日目で消滅するも、
千秋楽は鶴竜を寄り切り13勝2敗とした。

場所後北の湖理事長は、13番勝ったこと
(優勝した日馬富士とは1差)、
両横綱に土をつけたことを評価して
『優勝に準ずる成績』にあたるとし
来場所(2014年1月場所)が
綱取り場所になることを明言。
目安について「優勝しないと駄目。
13勝以上の高いレベルが求められる。」
と述べた。

2013年12月26日には、
師匠が田子ノ浦に名跡変更したことで
それまでの鳴戸部屋の施設が
使えなくなったため

新施設を東京都江戸川区東小岩に
新設するまでの約半年間の予定で
同年10月に閉鎖された三保ヶ関部屋の
施設を借り受ける形を取って

部屋を東京都墨田区へ急遽移転する必要に追われた。
このことから満足な調整ができたとは決して言えず、
不安な状況の中2014年1月場所を
初めて田子ノ浦部屋所属力士として
迎えることとなった。

また、この年は綱取りと優勝は出来なかったものの
全ての場所で二桁勝利以上を記録した。

2014年-二度の綱取り挑戦-

2013年末のお家騒動が祟ったのか、
2度目の綱取り場所となった
2014年1月場所は乱調に終始し、
初日の豊ノ島戦で早くも敗れた。
5日目に碧山、中日に栃煌山に敗れ3敗目を喫し、
この時点でもう理事長が提示した「13勝以上の優勝」の
条件を達成できなくなった。

続く9日目の豊響戦で4敗目を喫したことで、
綱取りを来場所に繋ぐことも不可能となった。

そればかりか12日目の琴欧洲戦で 
場所前から痛めていた右足親指を悪化させ、
13日目の白鵬戦で6敗目を喫したことで
連続2桁勝利も10場所でストップしてしまった。

SPONSORED LINKS

そして右足親指負傷が限界に達し、
千秋楽に
「右母趾MP関節靱帯損傷で約3週間の安静加療を要す」
との診断書を協会へ提出して

休場
に至ったことで

通算連続出場は953回で途切れ(千秋楽の琴奨菊戦は不戦敗)、

同時に7勝8敗と負け越しも決定してしまった。

自身初の大関角番で迎えた3月場所は、
10日目に勝ち越して角番を脱出したが、
11日目から横綱・大関陣に3連敗、

千秋楽も豪栄道に敗れて結局9勝6敗に終わり、
存在感を示せなかった。

5月場所は4日目碧山に押し出され
初黒星を喫した以外は11日目まで

白星を重ねたが、
12日目に優勝争いトップの1敗同士の対決となった

横綱白鵬戦では、
一方的に寄り切られ2敗に後退。

14日目は横綱日馬富士戦では
日馬富士が稀勢の里の髷を引っ張る反則負けで白星、

千秋楽の鶴竜戦でも一方的に突き出して
13勝2敗の好成績を挙げ、
結びの結果を待った。

しかし結びの一番の白鵬-日馬富士戦は
白鵬が勝ち優勝を決め、又しても優勝次点に留まった。

7月場所は全勝レベルのハイレベルな
優勝なら綱取りもと期待されて三度目の綱取りに
挑戦したが

2日目早々安美錦に敗北。
全勝というハイレベルな成績を
クリア出来なかったため、
この段階で綱取りの可能性はほぼ無くなる。

さらに中日は苦手の関脇・豪栄道戦に
敗れ2敗に後退し昇進が完全消滅。

その後も不調で次場所への綱取り継続も出来なかった

11日目の玉鷲戦でようやく勝ち越し、
13日目には横綱白鵬を小手投げで下したが、
日馬富士・鶴竜に敗れ9勝6敗と
1桁勝利に終わり三度目の綱取りも失敗に終わる。

翌9月場所は2日目に碧山に不覚を取り黒星。

その後6連勝したが、
9日目に新大関・豪栄道に敗れ2敗に後退ののち、
12日目の白鵬戦まで4連敗。

13日目の大砂嵐戦でようやく勝ち越したが、
2場所連続の9勝6敗に留まった。

続く11月場所は9日目に勝ち越しを果たしたものの
10日目から黒星と白星を交互に繰り返し、
11勝4敗で場所を終えた。

2015年
1月場所は3日目
照ノ富士戦・9日目琴奨菊戦で黒星、

10日目の遠藤戦で勝ち越し。

10勝2敗で迎えた13日目の白鵬戦、
一度は取り直しになるも、
取り直し後の相撲で押し倒され、
白鵬の史上単独1位の33回目の優勝を許す形となった。

14日目の鶴竜戦は勝利したが、

千秋楽に日馬富士に敗れ11勝4敗。

3月場所は序盤の3敗が響き、

11日目に勝ち越したものの、
その後も栃ノ心と両横綱に3連敗。

千秋楽の琴奨菊戦は勝利して9勝6敗の成績だった。

5月場所も
4日目から栃ノ心・妙義龍に2連敗してしまったが、

11日目まで2敗を守り、
1敗の白鵬を追う立場で優勝争いに加わった。

12日目に照ノ富士に敗れ3敗となったが、
その日に白鵬も敗れたため1差は変わらず。

13日目に日馬富士に敗れ4敗に後退したものの、

14日目には白鵬を5場所ぶりに破った。

千秋楽には3敗の照ノ富士の勝利によって

優勝の可能性は消滅したが、

それでも琴奨菊を破り、11勝4敗で取り終えた。

7月場所は9日目に

新大関・照ノ富士に押し倒されて3敗に脱落。

13日目に横綱・鶴竜を寄り切ったものの、

14日目に横綱・白鵬及び千秋楽に大関・豪栄道に連敗し、

結局10勝5敗に留まった。

9月場所は11勝4敗で終え、

11月場所も二桁を継続し10勝5敗で1年を終了した。

2016年-三度の綱取り挑戦-
史上初の優勝無しでの年間最多勝

1月場所は初日の安美錦戦でいきなり黒星、

8日目に日本出身力士として
10年ぶりの幕内優勝を果たした琴奨菊戦にも
良い処なく敗れ3敗に。

14日目の白鵬戦でようやく勝ち越したものの

9勝6敗と二桁勝利を継続できなかった。

3月場所は好調で、初日から10連勝を記録。

しかし11日目に1敗の白鵬に敗れ、

勝ち星を並ばれると

12日目の日馬富士戦も敗北。

星の差1つで白鵬を追う形となり、

残りの取組は全勝で終え13勝2敗としたが、

白鵬も敗れることなく優勝次点の成績だった。

5月場所は4度目の綱取り場所となり
初日から連勝を続け琴奨菊との
幕内史上最多60度目の対決を寄り倒しで制して

10連勝を記録。

その後も連勝を続けていたが

13日目に横綱白鵬との直接対決で
立合い得意の左四つに組むも
下手投げで敗れ連勝がストップ。

翌日も横綱鶴竜に寄り切りで敗れ連敗し、
白鵬に千秋楽を待たず37回目の優勝を
決められてしまっている。

千秋楽は日馬富士に押し出しで勝ち、


2場所連続での13勝で綱取りを来場所に繋いだ。

また、14勝なら優勝を逃しても横綱昇進の可能性もあったが、
13勝に終わりそれも出来なかった。

「自分は力士として生きているから、
土俵の上でしか表現できない。
結果を残していないから。結果を残して、
しっかりやることが自分の使命」と発言した。

7月場所は5度目の綱取り場所になるも
怪我により休場する可能性も
一部スポーツ紙により報道されたが出場し、
初日から4連勝するも5日目に栃煌山に黒星。

6日目の妙義龍との一番は
一度軍配が妙義龍に上がったものの
物言いがつき協議の結果判定が覆り辛くも
勝利する。

その後、横綱鶴竜、大関琴奨菊が休場。
9日目は白鵬・日馬富士ともに敗れ2敗。
稀勢の里は1敗を維持する。

だが10日目に松鳳山に左を差すと
見せかけて右に変化され2敗に後退。

2敗同士で13日目に日馬富士と
直接対決を迎えるが
日馬富士の激しい攻めに圧倒され3敗に後退。

しかし、14日目に待ったがかかり
取り直しとなった一番で

白鵬を土俵際の逆転で下し優勝への
望みを千秋楽へ残した。

千秋楽は7勝7敗で勝ち越しをかけて
臨んだ豪栄道を押し出し12勝目を記録するも
日馬富士が白鵬に勝利したため、
決定戦にはならず優勝を逃し
5度目の綱とりにも失敗した。

大関での3場所以上連続12勝以上は、
15日制以降では13人目で

旭富士・武蔵丸の2回を含めて
15度目の記録となり、

この中で横綱になっていないのは
小錦・貴ノ浪と稀勢の里のみとなった。

日馬富士、鶴竜らも昇進後3場所以上
連続での12勝以上はないため
横綱級の活躍と評価された。

9月場所は6度目の綱取り場所となったが
初日隠岐の海にいきなり黒星。

翌日は白星も、その翌日に立ち合い
変化されて栃ノ心に不覚をとり
2敗に後退。

優勝争いから後退するも
その後は4日目から7連勝。

逆転優勝をかけて
11日目に初日から連勝を続けていた
豪栄道との直接対決に挑むも、
渡し込みに屈して敗れ3敗に後退し、
優勝争いから脱落し6度目の綱取りも
失敗に終わる。

残り全勝で12勝なら来場所への

13日目に鶴竜に下手投げで
転がされて敗北し綱取りは振り出しに
戻り年内の横綱昇進が無くなった。

稀勢の里は支度部屋で疲れた様子を見せ
「まだまだだね」と自らの敗北を嘆い。

この場所は結局千秋楽照ノ富士を寄り切りで
下し10勝5敗で場所を終え、
豪栄道が全勝で初優勝をしたため、
現役大関で優勝経験がないのは稀勢の里のみとなった。

11月場所は年間最多勝をかけて挑む場所になり、
もしも優勝無しで受賞なら史上初の珍事となる
。尾車親方は「3横綱がいて1年を通して一番勝っているのだから十分、
綱の力はあると言える。これを評価するのも大事じゃないかな。
規約があるからダメだけど、
議論があってもいい」と最多勝で優勝なら横綱資格とも言われながら場所に挑み
、初日から連勝するも3日目に遠藤に敗れ早くも黒星。

その後白星を再び重ねていたが7日目に正代に
土俵際で押し出されて敗れ2敗目を喫した。

さらに年間最多勝争いでも1勝差だった日馬富士が
この日勝利したため同数で並ばれてしまう。

しかし、この場所綱取りを狙っていた豪栄道を倒し3敗に後退させ、

さらに横綱白鵬を土俵際脚一本で残しそのまま
逆転で勝利して勝ち越しを決め、
2敗をキープして優勝争いに絡む。

さらに全勝だった横綱鶴竜を小手投げで破り、
その翌日もこの場所初日負けたあと10連勝し1敗で
優勝争いに絡んで、さらに年間最多勝争いで並ばれていた
横綱日馬富士との60回目の対戦を寄り切りで倒し、

この年67勝目と自身の2013年の68勝に次ぐ勝ち星で
年間最多勝争いでもリードを奪う。

だが、この場所3横綱を撃破する活躍を見せるも
格下平幕相手に2敗したことが大きく響き、
審判部副部長の友綱親方に競馬で例えて
「稀勢の里は走り始めたら強い。
ただ、ゲートを出るまでが…」と言われてしまうなど
平幕に簡単に星を落とすことを嘆かれていた。

そうした心配が的中したか13日目に先場所、
立ち合いに変化されて敗れている平幕の栃ノ心に
下手投げで敗れ3敗に後退し、

さらにこの日取り直しとなった一番で日馬富士が

勝利したため年間最多勝争いでも再び並ばれた。
前日に「内容がいい。優勝しなくても来場所が楽しみ」と
絶賛していた八角理事長は「昨日までも稀勢の里。
これもまた稀勢の里。だからファンが多いんだろう。
何とか頑張ってね…とみんな思っている」と呟き、

また来場所の綱取りについて審判部の二所ノ関部長は
「もう聞かないでくれよ。帰って四股を踏めって言いたい。
踏まないで休んでいるから駄目なんだ」と
渋い顔で友綱副部長らも来場所の綱取りには否定的だった。

翌日は大関照ノ富士に勝利し年間勝利数が自己最多の68勝に並ぶ。

だが、1敗の横綱鶴竜がこの日大関豪栄道に勝利したため優勝を逃した。

しかし、この日横綱日馬富士が横綱白鵬に敗れたためこの

段階で史上初の優勝無しでの年間最多勝の受賞が決まった。

日本出身力士の最多勝は98年の3代目若乃花以来で幕内で
1度も優勝がなく獲得した力士は初めてになる。

稀勢の里は「ふっ」と皮肉めいたようにそして

自嘲気味に笑い「いただけるものは、いただいていいんじゃない?」と

話した。

八角理事長は年間最多勝について

「地力がある証拠だ。
1つくらい優勝してもおかしくないと、
本人が一番思っているだろう」と称えた。

また、千秋楽はこの場所大関琴奨菊が二桁敗戦など不調だったため

この場所好調だった宝富士との対戦が組まれ結局、
この場所平幕以外には全勝だった。

迎えた千秋楽平幕の宝富士を寄り切りで倒し対戦があった
横綱、大関、三役力士、さらには三役経験者も栃ノ心以外には

全勝で12勝3敗とし、並ばれる可能性があった年間最多勝争いでも

単独での受賞を決定させる自己最多記録の69勝目を挙げ、

年間通じて好成績だったが優勝出来なかったため、
横綱資格の話は流れた。

来場所の綱取りについて二所ノ関審判部長は
「1差だったらねえ」と来場所の綱取りには疑問を呈しながら、

それでも「全勝とかしないと。
ムードを盛り上げてください」と
年間最多勝などのこれまでの安定した成績を評価し、来場所ハイレベルな優勝をした場合のみ綱取りの可能性があると来年1月の初場所の成績次第とし、審判部内では、年明けの初場所で優勝すれば昇進に値するという意見も出たため来場所は綱取りとなった[70][71]。また、稀勢の里は年間最多勝を「喜んでいいのか、悔しんだらいいのか、分からない感じです」とし「いろいろ経験させてもらって、非常に成長できた1年だったと思います。また新しい気持ちで来年に向けてやっていきたい」と来場所を見据えていた[72]。優勝を逃してきたことに横綱鶴竜は「お互いに優勝争いで邪魔してる感じで。本当にいい刺激になる。こういう相手がいると頑張れる」「ちょっとしたことだと思う。やっぱり何か1つ足りないのかな。それがあれば、次の番付に上がれる力は十分ある。自分の場合は、気持ちがすごく大事なのかな」とエールを送っていた[73]
2017年-優勝次点12回で悲願の初優勝、
そして待望の横綱昇進へ-

1月場所は全勝レベルのハイレベルな

成績の優勝なら昇進と言われながら7度目の綱とりに

挑むが場所前の稽古で大関琴奨菊に負け越し、

右足に違和感とも報じられるなどいきなり綱取りに

暗雲が立ち込める。

だが、場所に入ると好調で初日から連勝を続けた。
4日目の松鳳山戦では軍配のあげ間違いという珍事も起きたが

、問題なく勝利した。
この珍判定に稀勢の里は
「人間ですからね」と苦笑いをしていた。

その後も連勝を続け、7日目には全勝は幕内で

白鵬と稀勢の里のみで鶴竜は3敗、
日馬富士も休場し、
上位陣は白鵬を除いて全員2敗以上となり
白鵬との一騎打ちの様相を呈した。

8日目には隠岐の海を土俵際の逆転で破り8連勝とし
中日勝ち越しを記録すると、
同日に白鵬が敗れたため8日目で全勝で単独トップに立った。
また、大関での連続勝ち越し18場所は歴代4位タイ記録となり
幕内18場所連続勝ち越しは自己最長タイ記録である。
9日目に角番で2勝6敗だった大関琴奨菊との
幕内史上最多62度目の対戦に寄り切りで敗れ連勝がストップしたが、

同日、弟弟子の高安が白鵬を倒す援護射撃で貴ノ岩と
並びトップを維持した。

10日目には再び単独トップに立った。
さらに横綱鶴竜が不調により休場した。。
11日目には遠藤を下し6場所連続の二桁10勝目を挙げた。
13日目には豪栄道が前日の遠藤戦で負傷し休場したため
不戦勝で労せず12勝目を挙げた。

同日、2敗で追っていた逸ノ城が敗れ、
弟弟子の高安が貴ノ岩を下したため、2敗は白鵬のみとなった。

横審の守屋委員長は「いい風が吹いているように思います。
苦手の日馬富士が休場したし、
本来今日はヒヤヒヤして見ないといけないと思ったけど」と話し、

横綱昇進は「もちろん星はみたい。
このままいってもらいたいですね」と語り、

残り2日で星を落としての優勝は

「13勝だったら非常に難しい。
議論して決まることだと思います」と語り、
14勝や13勝2敗で決定戦勝利の場合のみ
昇進の可能性があると言及した。

14日目は上位陣の休場が相次いだため、
平幕の逸ノ城との対戦が組まれた。
稀勢の里は逸ノ城を下して13勝目をあげ、
自身初の優勝同点以上が確定、

さらに唯一2敗で優勝の可能性を残していた白鵬が
この日初顔合わせの貴ノ岩に敗れ3敗に後退。


その結果、稀勢の里の初優勝が決まった。

支度部屋にて優勝の瞬間を迎えた稀勢の里は目を
真っ赤にさせながら「そうですね、うれしいですね。
最後まで集中してやりたい。本当に感謝しかないです」と
声を絞り出し、涙をこぼし、

11年11月に急逝した鳴戸親方(元横綱・隆の里)に

ささげる優勝となった。
また、
初土俵から89場所目での初優勝であり


大関昇進後31場所での優勝は歴代で最も遅い記録になった。

さらに千秋楽の白鵬との一番は立ち合いから
白鵬に一気に攻め込まれるも、
土俵際で逆転の掬い投げで白鵬を下し


14勝1敗で場所を終えて初優勝に花を添えた

稀勢の里は優勝後のインタビューでは
「ずいぶん長くなりましたけど。いろいろな人の支えがあって、
ここまで来られたと思います」
何か一つ足りないと言われていたものについては
「一日一番って気持ちで集中して、
やってきたからではないでしょうか」と

必死に言葉を絞り出すとこらえきれず涙を
流し念願の優勝の喜びに浸っていた。

・稀勢の里の横綱の来歴を紹介します。

2017年初場所後の1月23日に
横綱審議委員会は会議を開き、
全会一致で稀勢の里を横綱に推薦した。

1月25日の臨時理事会で昇進を決定。

これにより日本出身力士の横綱は1998年に
横綱に昇進した若乃花勝以来19年ぶり

(日本人力士としては1996年に日本国籍を取得し
1999年に昇進した武蔵丸光洋以来18年ぶり)であり、

現役日本人力士としては2003年1月場所で引退した
貴乃花光司および同年11月場所で引退した
武蔵丸以来14年ぶりの事であり、



茨城県出身横綱は1936年に昇進した
男女ノ川登三以来81年ぶりの誕生となった。

・稀勢の里の口上挨拶について

稀勢の里は
昇進を伝える使者を迎えた口上で

「謹んでお受けいたします。「横綱の名に恥じぬよう精進致します」

決意を述べました。
この口上は今迄の横綱に昇進された力士の方々は
4字熟語を多く使っていた経緯がありますが
稀勢の里の口上は質素で簡単な口上でした。
大相撲の横綱に昇進した稀勢の里が伝達式のあと記者会見し、

「より一層、気が引き締まりました。
実感は今から沸いてくると思います。
いつもあたたかい応援をしてくれるふるさとの人たちに
恩返しするためにも、もっと強くなっていい報告をしたい。
人間的にも成長して尊敬される横綱になりたい」

と意気込みを述べました。

・稀勢の里の結婚について

稀勢の里は普段はお話を沢山するようですが
シャイな性格なのかあまりマスコミ等に
出てこないようなのでお嫁さんの情報が
あまり出てきませんので
詳しい情報は一切ありませんでしたが
やはりお嫁さんになられる方は
如何なものでしょうね
どちらにしてもお嫁さんは奇麗で
稀勢の里と末永くと付き添える方が
早く出てくる事をファンは期待して
居るのではないかと思います。

・編集後記

今回は稀勢の里が横綱になるまでを
詳しく説明いたしました。
今迄の経過を見てみると
横綱に昇進するまでには
チャンスが沢山あったような気がしますが
今回の横綱昇進に関しては
対戦相手の横綱の日馬富士と鶴竜が
休場されていたせいもあり比較的にチャンスでは
なかったのかもしれません。
そして、同門の高安が援護してくれたので
良かったように思いました。
稀勢の里は援護射撃をしてくれた高安を
早く大関に昇進させるように指導を
して、部屋の為にも横綱と大関がいる
部屋を盛り立ててもらいたいものです。
稀勢の里はこれから沢山の責任を担って
名横綱になってくれる事を期待します。

SPONSORED LINKS