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白鵬が1年ぶりに賜杯を獲得しました。
本当におめでとうございます。

最近の大相撲は稀勢の里と高安の人気が凄く
えてして、大横綱の白鵬は少し影が薄くなっていたような気がしていましたが

故郷に体力づくりで故郷のモンゴルに帰り鍛えて来ての今回の出場は
大変な意気込みを感じました。

今回は白鵬の今回までの歴史を調べてみました。
調べているうちに白鵬は如何に素晴らしい力士であったのかを
再確認致しました。
皆さんも白鵬は素晴らしい力士であることは当然お解りとは思いますが
出来る限り詳しく調べてみましたので、参考にご覧ください!

白鵬 翔のプロフィール

四股名 白鵬 翔
本名 ムンフバティーン・ダワージャルガル
Мөнхбатын Даваажаргал
(Mönkhbatyn Davaajargal, Mônhbatyn Davaažargal
[Mönchbatin Dawāčargal])
愛称 ダワー・平成の大横綱・絶対王者
生年月日 1985年3月11日(32歳)
出身 モンゴル国ウランバートル市
身長 192cm
体重 155kg
BMI 42.05
所属部屋 宮城野部屋
得意技 右四つ、寄り、上手投げ
成績
現在の番付 西横綱2
最高位 第69代横綱
生涯戦歴 1021勝218敗58休(96場所)
幕内戦歴 927勝170敗58休(77場所)
優勝 幕内最高優勝37回
十両優勝 1回
賞 殊勲賞3回
敢闘賞 1回
技能賞 2回
初土俵 2001年3月場所
入幕 2004年5月場所
趣味 読書、チェス、テレビゲーム、ゴルフ

白鵬の来歴

父親のジグジドゥ・ムンフバトは
(モンゴル相撲)で、
5年連続6度の優勝をした元アヴァルガ
(大相撲の横綱に相当)で、
メキシコ五輪のレスリング重量級銀メダリスト
(モンゴル初の五輪メダリスト)となった
モンゴル国の国民的英雄である。

母ウルジーウタス・タミルは
元外科医でありチンギス・ハーンの
流れを汲む家柄の出だそうです。

大相撲で活躍していた同じモンゴル出身の
旭鷲山をつてに、
2000年10月25日に6人のモンゴル人と共に来日

白鵬を哀れんだ旭鷲山が自らの師匠の大島(元大関・旭國)と
会食中に相談し、大島は友人であった宮城野(元幕内・竹葉山)に
受け入れを申し入れたのである。

当時の宮城野部屋は文字通り弱小部屋だった為に
厳しいしきたりも少なく、
育ちの良い白鵬には伸び伸びとやれる環境で
結果的に良かったのだとされる。

こうした経緯から宮城野が元十両の金親に
代替わりしたのちも、
熊ヶ谷を襲名して宮城野部屋付きとなった
先代宮城野の指導を内弟子として受けた。
(後に熊ヶ谷は再度宮城野を襲名して白鵬の師匠に復帰する)。

入門当時身長175cm、体重68kgだった体は、
食文化の違いを苦にせず大食漢だったことと
熱心な稽古によって大きく成長し続けたのです。

四股名 白鵬の由来

四股名は、横綱大鵬と柏戸に因んで
柏鵬(はくほう)とする案があったが、
色白だったことから白鵬と付けられたようです。

白鵬の十両時代

2003年11月場所では、
東幕下9枚目で6勝1敗の好成績を上げ、
関取の定員増もあり翌2004年1月場所に新十両に昇進し、

翌場所、十両2場所目で12勝3敗の成績を挙げ
追風海との優勝決定戦を制し優勝。

十両はわずか2場所で通過し、入門からわずか3年での入幕となった

白鵬の新入幕時代

2004年5月場所で新入幕となる
千秋楽まで単独で優勝争いの先頭に立っていた
北勝力を立合いの変化で破り、
星1つの差で追っていた同じモンゴル出身の
横綱朝青龍の「援護射撃」を果たし、

自らも12勝3敗の好成績で貴花田の18歳7か月に次ぐ19歳2か月の
若さで初三賞(敢闘賞)を受賞した。
新入幕での12勝は、15日制になってから歴代3位タイの成績である。

2004年11月場所11日目、白鵬は朝青龍を送り出しで破って初金星を獲得。
12勝3敗の好成績で初の殊勲賞を受賞しています。

白鵬の幕内時代

入幕1年目にして横綱最有力候補と目され、
2005年1月場所は新三役(西小結)で魁皇、千代大海の
2大関を破って11勝4敗の好成績を挙げ、
初の技能賞を受賞した。

3月場所は関脇に昇進し、直近の2場所で
12勝3敗・11勝4敗の好成績を上げていた事から
大関獲りの場所と目された。

達成すれば貴乃花を上回る史上最年少での昇進となったものの
序盤からまさかの3連敗で、
終盤4連勝して8勝7敗と勝ち越しはしたものの、
大関昇進を逃がしてしまいました。

同年7月場所では7日目まで6勝1敗と
優勝争いをしていたが、

中日の普天王戦で左足関節靭帯損傷及び内反捻挫の怪我を負い、
初土俵以来初めて休場してしまった。

翌9月場所では、平幕落ちした。
翌11月場所は、2場所ぶりに小結に復帰し
栃東、魁皇の2大関を破り9勝6敗と勝ち越したのである。

白鵬の大関取り時代

関脇に復帰した2006年1月場所では、
初日から6連勝し、その後2連敗したが
12日目に朝青龍を小手投げで破たのです。

千秋楽では大関昇進で先を越された琴欧州に寄り倒しで圧勝し、
栃東との優勝決定戦を待ったが、
栃東が朝青龍に勝ち優勝決定戦にはならなかった。

それでも13勝2敗の好成績を挙げ、
2回目の殊勲賞を受賞した。
この時初めて千秋楽まで優勝に絡んだ記録が残っています。

大関昇進が決まって白鵬の大関昇進を満場一致で決め、
理事会で承認された時の口上は
大関の地位を汚さぬように、全身全霊をかけて努力します。
本日は誠にありがとうございます。」と昇進口上を述べた。

白鵬の大関時代

新大関で2006年5月場所は初日から4連勝し、
5日目に雅山に突き落としで敗れたが

その後は白星を重ねて14勝1敗の好成績を挙げた。

本割で唯一負けた雅山との優勝決定戦で、

取組前にかいた汗により雅山の突きが滑るという
幸運にも恵まれて勝ち、
新大関の勝ち星記録更新という快挙も成し遂げて初優勝を果たした。

21歳4か月での初優勝は
貴乃花、大鵬、北の湖に次ぐ歴代4位の若さだった。

白鵬の綱取り時代

初の横綱獲りへ挑戦となった
2006年7月場所初日に朝赤龍、
9日目に雅山に敗れたが、

その後順調に勝ち星を積み重ね、
千秋楽ではここまで全勝の朝青龍に寄り倒しで土をつけ、

4場所連続となる13勝以上の13勝2敗で場所を終えた。

横綱昇進が有力視されたが、
日本相撲協会の放駒審判部長(元大関魁傑)は、
朝青龍の独走を許したという理由で、
理事会の招集も横綱審議委員会への諮問も行わず、
横綱推挙は見送られた。

(14日目の時点では横綱が14勝0敗で優勝決定、
白鵬が12勝2敗)。

翌9月場所で2度目の綱獲りを目指したものの、
初日に稀勢の里に敗れ、その際右膝を負傷した。

12日目でようやく勝ち越すが、
その後千秋楽まで3連敗して8勝7敗に終わり、
横綱への挑戦は白紙に戻った。

翌11月場所は、
場所直前の11月1日稽古場のある公園内の階段で
トレーニング中つまずき、左足親指を怪我、

怪我の回復を優先させる事から休場を発表、
初の全休となった。

次の2007年1月場所は、
自身唯一の大関角番であったが、
12日目で勝ち越して角番を脱出、
10勝5敗と二桁勝利を挙げた。

白鵬の結婚について

3月場所前の2007年2月に
当時学習院大学に在籍中の学生であった
徳島県徳島市出身の和田紗代子と結婚。
このとき夫人は第1子を身ごもっており、
同年5月10日に第1子(長女)が誕生した。
翌9月3日、第2子(長男)が誕生。
2011年
優勝を決めた翌日(千秋楽)には
紗代子夫人に第3子となる女児が誕生、
2016年場所後の12月14日、第4子となる三女が誕生

嫁さんの義父は実業家で、
元朝青龍全国後援会長の和田友良である。

白鵬が横綱に昇進した経緯

3月場所は千秋楽の優勝決定戦で、
立合いの変化で朝青龍を下し、
13勝2敗で2度目の幕内最高優勝を果たしたが、

その相撲内容が十分でないとの意見もあり
それでも3度目の綱獲りだった翌5月場所では、
初日から14連勝で14日目で優勝を決め、
千秋楽も堂々たる相撲振りで朝青龍に完勝し、

自身初の15戦全勝優勝を達成。

日本相撲協会からの諮問後の横綱審議委員会でも
「満場一致」の横綱推薦となり、

念願だった第69代横綱への昇進が決定した。

なお横綱土俵入りは熊ヶ谷親方の推薦もあり、
熊ヶ谷の入門時の師匠である元横綱・吉葉山と同じ不知火型を選択

不知火型を選んだ横綱はその多くが短命に終わってきたが、

土俵入りの指導は同立浪一門で、
元横綱・旭富士の安治川親方(当時)が行った。

土俵入りはせり上がりの際、四股を踏む前と最後の
締めの部分の腕の所作に大きな特徴があり、
前者は翼をピンと張るように切れのいい動作を、
後者は翼を広げるようなゆったりとした構えを見せる。

白鵬の横綱に昇進してからの成績

2007年7月場所は横綱として初の土俵。
16連勝の中で初日を迎え、白星を重ねていったが、
10日目に琴光喜に敗れて連勝は25でストップ。

12日目の魁皇戦では、土俵際で魁皇が突き落としたが

行司・木村庄之助の軍配は白鵬に上がった。
これに物言いが付き協議の結果取り直しとなった。

この相撲で魁皇は負傷し、取り直しの一番は
一方的に白鵬の勝利。翌日から魁皇は休場した。

翌13日目の琴欧洲、14日目の千代大海との取り組みに敗れ、
横綱として初の連敗を喫し、
この時点で3敗に後退して3連覇の可能性が断たれた。

千秋楽は実に4年10か月振りとなる
横綱同士の対戦(2002年9月場所の武蔵丸 – 貴乃花以来)で
朝青龍に寄り切りで敗れ、3連敗を喫し11勝4敗に終わった。

翌9月場所は朝青龍が自身の不祥事の為に出場停止処分となり、
事実上1人だけの横綱となった。
初日に安馬(当時、現・日馬富士)に敗れ、
中日までは安美錦を追う形となった。

さらに11日目には豊ノ島に敗れ(自身初の金星配給)、
新入幕の豪栄道に優勝争いのトップを明け渡してしまったものの、

13勝2敗で横綱昇進後初となる通算4度目の優勝を果たした。

9月場所直前、白鵬は出場停止となった朝青龍を気遣い、
同情的なコメントを寄せている。

11月場所では朝青龍の休場(出場停止)もあり、
自身初の東横綱の座に就いたがこの場所も
初日に琴奨菊に寄り切られて黒星スタートとなった。

14日目に11勝2敗の相星対決で負かした大関千代大海が
右肘負傷により千秋楽を休場するアクシデントが発生した為、

取組を待たずに5回目の優勝が決まった。

その千秋楽結びの一番の琴光喜戦では
下手投げで裏返しにされて敗北し、

祝勝気分に自ら水を差した格好になった。

また同2007年、自身初となる年間最多勝(74勝16敗)を受賞した。

2008年1月場所、この場所から茶色の締め込みに変更する。
初日から好調で優勝争いのトップを走った。

そして西横綱朝青龍も白鵬に並走し、
2002年9月場所の武蔵丸 – 貴乃花以来となる東西横綱同士で
13勝1敗同士の相星決戦となった。

注目の一番は白鵬が朝青龍を得意技の左上手投げで下し、
14勝1敗で3場所連続6度目の優勝を決めた。

3月場所では4日目の平幕安美錦戦で早くも土がつき、
12日目も千代大海に敗北、
それまで全勝の朝青龍に引き離されていた。

しかし朝青龍が12日目と13日目で土がつき、
14日目の時点で両横綱共に12勝2敗で並んだため、

1995年3月 – 5月場所の貴乃花 – 曙戦以来、
約13年ぶりの2場所連続の千秋楽横綱相星決戦となった。
結果は朝青龍に右小手投げで敗れ、4連覇を逃した。

5月場所は9日目まで全勝だったが
10日目の安馬(現:日馬富士)戦で敗れた際に左足首を捻挫、
その影響で優勝争いから脱落する。

千秋楽結びの一番で、朝青龍に引き落とされて
両手をついて敗れた後、横から駄目押しされたためか、

白鵬が立ち上がり、朝青龍に右肩をぶつけ両者が睨み合うという
事件を起こした。

画像

7月場所は6日目から朝青龍の途中休場により
1人横綱となったが、
13日目に魁皇を下し7回目の優勝、

千秋楽には琴欧洲を上手投げで破り横綱昇進後
初となる通算2度目の全勝優勝を果たした。

これで各場所すべて優勝(全6場所制覇)を成し遂げたことになる
(歴代10人目、不知火型の横綱では初)。

ちなみに歴代の不知火型の横綱で年6場所制になってからは、
玉の海の優勝6回を上回り最多となり、
昭和以降では年6場所制以前の羽黒山と並んだ。
優勝制度が始まって以降の当時の最多記録は太刀山の9回だった。

9月場所は3日目の東前頭筆頭の琴奨菊との取り組みで
左上手投げで勝ったが、
立合い直後の「琴奨菊の手つき不十分」として
放駒審判長(元大関魁傑)から「待った」がかかっていた。

(これは行司も気づかなかった)。
やり直しの一番も寄り倒しで制し、
“1日2勝”することとなる。
5日目に稀勢の里に横綱になって初めて敗れ、
19で連勝はストップし金星を与える。

14日目に、自分の取組前に安馬と琴光喜が敗れ、
結びの一番で琴欧洲と対戦、
上手投げで相手を屠って8回目の優勝を決めた。

また同時に、年間勝利数が2位の安馬と16勝差となり、
11月場所を残して2年連続2回目の
年間最多勝(2008年は79勝)を決めた。

千秋楽も琴光喜を破り、14勝1敗で9月場所を終えた。
11月場所は初日に安美錦に敗れるスタート。

この場所の序盤は相撲内容が良くなく、
苦しみながら勝つという状況が続いて、
12日目に大関昇進を目指す安馬に敗れた。

優勝争いは千秋楽の本割終了時点に於いて
13勝2敗で安馬と並び、優勝決定戦となった。

決定戦では両者白熱した攻防の末、
白鵬が上手投げで安馬を下し、
3場所連続9回目の優勝を果たした。

この優勝で、歴代の不知火型の横綱では
史上最多タイの優勝回数となった。

白鵬の2009年成績

靖国神社奉納大相撲での白鵬関と朝青龍関
2009年4月10日撮影の画像
1月場所は初日から9連勝で4場所ぶりの土俵と
なった朝青龍と並んでいたが、

10日目に日馬富士(当時新大関・安馬から改名)に
敗れて朝青龍にリードを許した。

その後も全勝の朝青龍との星1つの差は変わらず、
優勝争いはこの2者に絞られていった。

千秋楽の本割では朝青龍を寄り倒して、
14勝1敗同士の優勝決定戦に持ち込んだが、
優勝決定戦で朝青龍に寄り切りで敗れて4連覇を逃した。

3月場所も朝青龍と熾烈な優勝争いを演じていた。
10日目に朝青龍が日馬富士に敗れた後も単独トップを維持し、
q14日目に10回目の優勝を決めた。

これにより、不知火型の横綱の最多優勝記録を更新した。

翌日の千秋楽も朝青龍を寄り切って自身3度目の
全勝優勝で締めくくった 。

5月場所は12日目まで日馬富士と全勝で
優勝争いのトップを走っていた。

13日目の全勝対決において裾払いで日馬富士を破り、
33連勝になった。

この日の勝利で従来羽黒山が持っていた
取り直し制度導入後の不知火型の連勝記録(32連勝)を
更新した。

だが、14日目の琴欧洲戦で、琴欧洲の上手投げを食らい、
連勝記録は33で止まった。

千秋楽は朝青龍を寄り切って日馬富士と
同成績の14勝1敗で優勝決定戦に臨んだが
敗れて優勝を逃した。

しかし、千秋楽の白星で前年7月場所からの
6場所間での勝ち星が85となり、

年度にこだわらない任意の場所の連続6場所としては
北の湖(1977年9月から1978年7月にかけて)に
並ぶタイ記録を樹立した。

7月場所は、11日目に琴光喜に敗れ1敗を喫するも、
13日目に同じく11勝1敗で並ぶ琴欧洲との直接対決を
上手投げで制し単独トップに立つと、
そのまま千秋楽まで1敗を守り14勝1敗で11回目の優勝を決めた。

9月場所は6日目に平幕の翔天狼に
初顔で金星を許して1敗
(2014年1月場所現在、本割ではこの1回のみである。)、

その後14日目まで全勝の朝青龍を1差で追っていた。
千秋楽結びの一番では朝青龍を寄り切って勝利。

14勝1敗同士の優勝決定戦へもつれ込んだものの、
決定戦では朝青龍に右掬い投げで敗れて、
同年1月場所同様に逆転優勝はならなかった。

この結果、2009年は東京場所での優勝を果たせなかった。

また、年間3場所(1月・5月・9月)の決定戦での
敗戦は史上初となった。

さらにこの3場所とも14勝1敗で優勝を逃しており、
14勝1敗の成績で優勝できなかった
横綱の場所数としては歴代最多となった。

11月場所は14日目に琴光喜を上手投げで下し、
12回目の優勝を決めるとともに年間勝ち星の新記録を達成した。

更に翌日の千秋楽で朝青龍を左上手投げで下し、
2005年に朝青龍が記録した年間最多勝記録84を
2勝更新する86勝4敗の新記録を打ち立て、
4度目の全勝優勝、

九州場所3連覇で2009年を締めくくった。

白鵬の2010年 -63連勝までの記録

7日目に把瑠都に敗れて連勝が30で止まり、
12日目に日馬富士に敗れて2008年11月場所以来となる
2敗目を喫した。

翌13日目も魁皇に敗れ、久々の連敗で3敗となった

14日目は結び前の一番で琴欧洲に勝ったものの、
朝青龍がその後結びの一番で日馬富士に勝利し、
朝青龍に25回目の優勝を決められた。

翌千秋楽の結びの一番、白鵬は朝青龍を寄り倒し
朝青龍戦7連勝としたが、
この一番が横綱朝青龍と本場所での最後の対戦となった。

1月場所後の2月4日に朝青龍が急遽現役引退を表明したため、
3月場所からの番付は史上9人目の一人横綱となった。

不知火型の横綱が番付上でも一人横綱となるのは、
現在の型の元祖とされる太刀山以来、史上初のことである。

その2010年3月場所は、大関昇進を目指した
関脇・把瑠都との優勝争いとなったが、
11日目に把瑠都との全勝対決を制し 、
その後も連勝を続けて15戦全勝で13回目の優勝を飾った。

これによって12回優勝の双葉山と武蔵丸を抜いて、
優勝回数が歴代単独6位となった。

ちなみに東横綱での全勝優勝は自身初。

また地方場所での2年連続全勝優勝は史上初で、
場所を問わない4年連続での全勝優勝達成は、
双葉山、大鵬、北の湖に並ぶ記録である。

5月場所も、把瑠都ら上位陣が星を落としていく中で
連勝を続けた。

そして独走の中で迎えた13日目に琴光喜を破り、
輪島に並ぶ14回目の優勝を決めた。

14日目は琴欧洲、千秋楽は日馬富士を退け、
2場所連続6度目の全勝優勝を果たした。

直近4場所で3度の全勝優勝は、15日制の下では
初の快挙である。

横綱昇進後の夏場所の優勝も初めてである

なお、横綱昇進後丸3年となるこの場所を終えた段階での
横綱勝率は.900という近代の大相撲では驚異的な数字にまで達した。

2010年5月に起きた大相撲野球賭博問題に関連し、
花札で金を賭けていたことを上申書で申告したが、
賭け金が軽微とみなされ、
厳重注意以外の処分は行われなかった。

その直後の7月場所では、14日目に日馬富士を掬い投げで下し、
輪島を抜く15回目の優勝を果たした。

千秋楽も把瑠都を上手投げで下して全勝優勝を果たし、
連勝記録を47に伸ばした。

9月場所は3日目で50連勝を達成。

7日目には稀勢の里を押し出して54連勝とし、
千代の富士の53連勝を抜いて昭和以降では単独2位となった。

14日目、自らの取組前に追う2敗力士が敗れたため、
16回目の優勝が決定。

更に千秋楽、日馬富士を下し、
4場所連続8回目の全勝優勝。

11月場所は初日に栃ノ心を上手投げで下し、

2日目に稀勢の里に右上手を許してしまい寄り切りで敗れ、
連勝記録として歴代2位、

昭和以降、横綱として歴代1位の記録となる63で止まった。

しかしその後は白星を重ねて14勝1敗で平幕の
豊ノ島との優勝決定戦を制し、5場所連続17回目の優勝を達成した。

白鵬の2011年の記録

1月場所は先場所からの連勝を再び延ばし、
7日目に栃煌山を下して自身5度目の20連勝を達成するも 、

11日目にまたしても稀勢の里に敗れ、
連勝は23でストップ。

11月場所に続く稀勢の里戦の黒星で、
横綱になってから同じ力士に連敗したのは、
朝青龍、日馬富士に続き、3度目。

しかし14日目には把瑠都を掬い投げで下して
自身18回目の優勝を決める。

相撲も魁皇を送り出しで破り14勝1敗で終え 、
自身2度目の6場所連続14勝以上を達成。

5月技量審査場所は再び7連覇がかかった場所となった。
2場所連続で敗れていた稀勢の里に勝つなどなど
12日目まで全勝を続けていたが、
13日目に日馬富士に敗れた。

千秋楽は魁皇に敗れて、2008年5月以来の千秋楽結びでの
黒星となり2敗となったが、
追っていた栃ノ心も千秋楽の本人の取組前に敗れたため、
19回目の優勝を果たした。

7月場所は新記録の8連覇がかかっていたが、
11日目に大関昇進を懸ける琴奨菊に初黒星を喫し、
14日目には全勝だった日馬富士との直接対決に敗れ、

一人横綱となって以来初めて優勝を逃した。
千秋楽も把瑠都に敗れ、2010年1月以来8場所ぶりの
12勝3敗に終わった。

9月場所は琴奨菊と稀勢の里の両関脇と
優勝を争う展開となり、
11日目まで全勝も終盤に両関脇を相手に連敗

千秋楽では稀勢の里が3敗を守り2敗だった
琴奨菊が敗れたため、
3人での優勝決定巴戦の可能性もあったが、
日馬富士を破って13勝2敗での優勝を決め、
20回目の幕内優勝を達成した。

11月場所は初日から連勝を続け、
優勝を争っていた新大関の琴奨菊や
大関昇進のかかる稀勢の里らを退け、
13日目に琴欧洲を豪快な下手投げで破り優勝を決めた
(13日目での優勝決定は自身3度目)。

その後千秋楽で把瑠都に敗れ、
全勝優勝とはならなかった。

白鵬の2012年の記録
3連覇を懸ける1月場所は2日目、3日目と
続けて6人の上位陣全員が勝利するなど、
好調な大関陣との優勝争いとなった。

白鵬自身は5日目の雅山戦で以前も負傷した経験のある
左足親指を痛めるというアクシデントもありながら
9日目まで連勝して星を重ねたものの、

10日目にこれまで20戦全勝と圧倒していた鶴竜に
初めて黒星を喫し1敗に後退。

全勝の把瑠都を追いかける形となったが、
12日目に日馬富士の注文相撲に屈し2敗となり、
あっけなく自力優勝が消滅してしまった。

13日目には琴欧洲に約3年ぶりの黒星を喫し連敗。
これで把瑠都との星の差が3つとなり、
大関に13日目に初優勝を決められると
いう屈辱的な展開となった。

千秋楽は前場所に自らの全勝優勝を阻まれた把瑠都に
雪辱を果たし把瑠都の全勝優勝を阻止、
12勝3敗で場所を終えた。

3月場所は順調な滑り出しで始まり、
8日目には玉の海の「6場所連続」を超える
史上最多記録の「7場所連続中日勝ち越し」を決めた。

しかし、9日目の鶴竜戦では2場所連続で敗れ、
その後も13日目に稀勢の里にも敗れたが、
千秋楽まで1敗の鶴竜と優勝を争っていた。

千秋楽ではこの日敗れて2敗になった鶴竜との決定戦を制し、
逆転で貴乃花に並ぶ22回目の優勝を果たした 。

しかし5月場所は、初日に小結安美錦に敗れる
波乱の幕開けとなる。

その後5連勝したものの、7日目に平幕の豊響に
小手投げで敗れ金星を許し、8日目関脇豪栄道に敗れて2連敗、

9日目も関脇豊ノ島に物言いの末敗北、

途中休場も危惧された中、
10日目に新大関・鶴竜を破り4日ぶりに勝利を収め、
12日目に8勝4敗とようやく勝ち越し。

14日目で10勝4敗と2桁勝利を挙げ、
一時は千秋楽で11勝4敗同士の優勝決定戦進出の可能性もあったが、

結局は勝ち越しを賭けた日馬富士に敗れ10勝5敗

、横綱昇進後ではワーストの成績に終わった。

7月場所で横綱在位数が30場所を迎え、
羽黒山と並び歴代10位タイの記録となる。
この場所は初日から14日目まで大関日馬富士と共に
14連勝で進んだが、
千秋楽結びの一番では日馬富士の寄り切りに完敗して
全勝優勝を逃し、
一人横綱となってから初めて2場所連続で優勝を逃してしまった 。

尚この一番は、1983年9月場所で日本人横綱同士の
隆の里対千代の富士戦以来29年ぶりの14戦全勝対決であるが、
初めて外国人力士や大関が参加した対決となった。

また、14勝1敗で優勝を逃した横綱として、
2009年9月場所に横綱朝青龍に決定戦で敗れて以来、
最多の通算4場所目となり、不名誉な単独1位の更新となった。

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9月場所では横綱在位数が31場所を迎え、
歴代単独10位の記録となり、
不知火型の横綱では羽黒山を超える史上単独1位の記録となった。

しかし10日目の栃煌山戦で敗れ、7個目の金星配給を許してしまう。
千秋楽も大関で2場所連続全勝で横綱を目指した日馬富士に、
大熱戦の末下手投げに敗れ13勝2敗に終わった。

尚白鵬が3場所連続で幕内優勝を逃したのは、
横綱に昇進して以降初めてとなる 。

翌11月場所は日馬富士が第70代横綱に昇進。
新横綱誕生は2007年7月の白鵬以来32場所ぶり、
東西二人の横綱が出揃うのは2010年1月の朝青龍と白鵬以来
16場所ぶりとなった。

なお日馬富士も横綱土俵入りは不知火型を選択したが、
本場所で不知火型の土俵入りを複数披露する横綱は大相撲史上初めて。

また白鵬の横綱在位数32場所は、
千代の山と並ぶ歴代9位タイ記録である。

この場所は11日目に大関琴欧洲に初黒星を喫したが

翌12日目の大関琴奨菊戦は勝利し、
本人の取組後に日馬富士が敗れたため、
大相撲史上初の6年連続での年間最多勝を確定させた 。

また14日目に琴奨菊が旭天鵬に勝利したことで、
貴乃花を上回る4場所ぶり23回目の幕内優勝

さらに九州場所6連覇を達成した。

2010年1月場所以来となった千秋楽結びの横綱同士の
一番でも新横綱日馬富士を破り、14勝1敗で取り終えた。

白鵬の2013年の記録

1月場所で横綱在位数が33場所となり、
歴代単独9位に。

しかし序盤3日目、妙義龍戦で自身8個目の金星を許して1敗。

その後12日目に琴欧洲にも敗れ2敗に後退。
結局同場所を無敗で進む日馬富士を逆転できず、
14日目に優勝をさらわれてしまった。

千秋楽も日馬富士に敗れて12勝3敗に終わった。

3月場所は2009年11月場所以来、
19場所ぶりに西横綱の地位となった。

この場所は序盤から好調であり中日に勢を上手投げで下し、

さらに10日目、
大相撲の末把瑠都を上手出し投げで下して10連勝、
幕内連続2桁勝利記録が37場所となり北の湖と
並び歴代1位タイ記録となった。

その後も全勝を守り13日目に豪栄道を上手投げで破り、
前の取組で2敗で追っていた隠岐の海が栃煌山に送り出しで破れ3敗に
後退したため、歴代4位の北の湖に並ぶ24回目の優勝を
千秋楽を待たずに決めた。

千秋楽は日馬富士を上手投げで破り、
9度目の全勝優勝を決めた。

5月場所も先場所同様無敗で中日勝ち越し。
10日目に豪栄道をとったりで下し10連勝、

幕内連続2桁勝利記録が38場所となり、
長年北の湖が保持した記録をついに破って歴代単独1位に。

翌11日目の琴欧洲戦も上手投げで下して、
横綱勝利数が467勝目に達し輪島を超える歴代4位の記録となった。

そして14日目、稀勢の里と13戦全勝同士の対決は、
大熱戦の末白鵬が掬い投げで制し単独トップに立った。

翌日の千秋楽は、結び前の一番で稀勢の里が
琴奨菊に寄り倒され13勝2敗となった時点で、

歴代3位の朝青龍と並ぶ白鵬の25回目の優勝が決定。

そして結びの一番では日馬富士を寄り切って、
大相撲史上初の二桁となる10度目の全勝、

さらに2場所連続全勝優勝(3月場所初日から30連勝)も
達成した。

7月場所も先場所同様無敗で中日勝ち越し。
10日目に妙義龍を小手投げで下し10連勝、
史上初となる2回目の40連勝を達成した。

12日目の琴奨菊戦で右わき腹を負傷したが、
痛みを抱えながらも13日目に琴欧洲戦に勝利し、

歴代単独3位の26度目の優勝を決め、
自身の連勝も43まで伸ばしたが、

翌14日目稀勢の里に寄り倒しで敗れ、
3年前同様稀勢の里に再び連勝を止められた。

千秋楽は日馬富士に一方的に押し出され、
13勝2敗に終わった。

9月場所も、初日から8連勝で史上最多の29度目の
中日勝ち越しを決めた。

また、中日には宝富士に、
1997年3月場所9日目に貴乃花が剣晃に決めて以来、
16年ぶりの呼び戻しでの勝利を飾った。

しかし10日目に豪栄道に押し出され初黒星を喫した。
その後は白星を重ね、14日目に先場所連勝を
43で止められた稀勢の里を叩き込みで下し、
4場所連続27回目の優勝を14日目に決めた。

千秋楽も日馬富士を小手投げで下し、
14勝1敗の成績で締めくくった。

11月場所は2日目の隠岐の海戦に勝利した時点で、
7年連続7回目の年間最多勝を確定させる

また10日目の栃乃若戦で10連勝、
横綱在位中の連続2桁勝利記録が38場所となる。

さらに11日目の栃煌山戦の勝利で、
史上最多となる年間最多勝80勝以上を3回達成した。

13日目まで先場所から18連勝だったが、
14日目に稀勢の里に上手投げで敗れて初黒星を喫した。

千秋楽結びの一番は日馬富士との13勝1敗同士の
相星決戦となったが、寄り切りで敗れ2010年11月場所以来の
5連覇と11月場所での7連覇をも逃した。

白鵬の2014年の記録

1月場所では初日に栃煌山を押し出しで破り、
、続く2日目には豊ノ島を引き落としで破り、
幕内通算707勝として武蔵丸を抜いて、

外国人力士の最多勝利を更新した。

5連勝で5日目で早くも単独トップとなると、
中日には自身2度目の6場所連続での中日勝ち越しを決め、

10日目には10連勝で通算50度目の2桁勝利とした。

しかし、14連勝で迎えた千秋楽の結びの一番では
1敗の鶴竜に寄り倒しで敗れ、
14勝1敗同士で優勝決定戦となるが、

決定戦では鶴竜を寄り切りで破り、
2場所ぶり28度目の幕内最高優勝を果たした。
3月場所は初日から12連勝、
また8日目には自身と並ぶ「7場所連続幕内中日勝ち越し」の
史上1位タイ記録を達成。

しかし13日目に琴奨菊に敗れた時に右手を負傷してしまう。
このケガの影響で14日目に綱獲りを狙った
鶴竜に寄り切られて2敗に後退、
千秋楽では日馬富士と対戦し同体で取り直しとなるも
敗れて3連敗となり、優勝を逃した。

5月場所では「8場所連続幕内中日勝ち越し」を達成し、
史上単独1位の記録となった。

11日目に豪栄道に押し出される不覚でついに連勝ストップ。
翌12日目の結びの一番(鶴竜-豪栄道)では、
勝ち残りで東の土俵下に座っていた白鵬が、
行司の判定に異議があるとして物言いをつけた。
協議の結果、豪栄道がはたき込んだ際にまげをつかんだとして、
鶴竜が反則勝ちを得た。

幕内の取組で土俵下に控えていた力士が物言いをつけたのは、
1996年1月場所の当時大関だった貴ノ浪以来18年ぶり。

14日目の新横綱・鶴竜戦でも危なげなく寄り切り、
千秋楽結びの一番も日馬富士を豪快な上手投げで破り14勝1敗、

2場所ぶり29回目の幕内優勝となった。

7月場所は横綱在位42場所となり、
朝青龍と並んで歴代8位タイの記録となる。
同場所で「連続幕内中日勝ち越し」が9場所となり、
自身の記録を更新。

しかし11日目に豪栄道に浴びせ倒しで敗れ初黒星を喫した。

13日目も大関・稀勢の里に小手投げで敗れ2敗に後退。

しかし千秋楽に日馬富士を上手出し投げで下し、

13勝2敗で史上3人目の幕内優勝30回を達成した[112]。
9月場所は横綱在位43場所を迎え、
朝青龍を抜き歴代単独8位の記録に。

同場所も初日から8連勝、
「連続幕内中日勝ち越し」が10場所となり、
大相撲史上初の2桁記録を達成。

9日目に全勝で単独トップに立ち、
その後12連勝としたが、13日目にここまで2連敗と
苦手の豪栄道に敗れ初黒星を喫した。

これにより新入幕で同モンゴル出身の逸ノ城と
1敗同士で並んだ。

翌14日目にその逸ノ城と対戦(し、
上手出し投げで破り再び単独トップに立つと、
千秋楽も横綱・鶴竜を掛け投げで破り、
14勝1敗で千代の富士と並ぶ史上2位の通算31度目の幕内優勝を達成した。

11月場所は6日目に髙安に敗れ、
自身9個目の金星を許し2年ぶりに前半戦で1敗を喫した。
その後は白星を並べ、7日目に大鵬と並ぶ872勝にならび、
8日目の照ノ富士戦に勝利した時点で、
史上1位となる8年連続8回目の年間最多勝を確定させる。

13日目に単独トップに立ち、
14日目の日馬富士戦で2年連続通算4回目の年間80勝を達成。

千秋楽結びの一番にて鶴竜を寄り切りで下して4場所連続で、
大鵬と同じ年間勝利数81勝で、
そして大鵬の優勝回数に並ぶ32回目の優勝を果たした。

白鵬の2015年の記録

1月場所では初日に栃煌山を突き落としで破り、
続く2日目にも栃ノ心を下手投げで負かし、
危なげなく着実に白星を挙げていく。

12連勝で迎えた13日目、
10勝2敗で白鵬を追う大関の稀勢の里を押し倒しで破り、
33回目の優勝。。

この優勝は大鵬に続いて大相撲史上二人目の
2回目の5連覇で13日目での優勝は2013年名古屋場所以来
6度目で自身の最多記録を更新。

続く14日目、横綱日馬富士を破り、史上最速で幕内800勝を達成した。
千秋楽には鶴竜を寄り切りで破り、
9場所ぶり通算11度目の15戦全勝を果たし、
大相撲史上初の各場所すべて全勝優勝(全6場所全勝制覇)を
成し遂げた。

15日目の懸賞金では史上最多の61本(183万円)を獲得した。

3月場所では初日の妙義龍戦は押し倒し、
続く2日目の佐田の海戦では上手投げで勝利し、
順当に星を積み重ねる。

6日目の高安戦では引き落としで勝利し、
自身5度目の30連勝を達成する。

13日目に好調の関脇・照ノ富士に敗れたものの、

14日目は苦手の稀勢の里、千秋楽は敗れれば照ノ富士と
優勝決定戦という状況だった。

自身の弟弟子の照ノ富士に援護射撃をしたい日馬富士戦では
2分を超える大熱戦の上勝利し、34回目の優勝を果たした他、
自身2度目の6連覇を果たした。

史上初の2度目の7連覇を狙った5月場所では

初日でいきなり逸ノ城に敗れ、
2012年5月場所以来3年ぶりとなる初日黒星スタートで
波乱の幕開けとなった。

しかし、2日目以降は宝富士を寄り切りで破り、
翌3日目も栃ノ心に寄り切りで勝利し、
着実に白星を重ねていった。

5日目には栃煌山を上手投げで破り、
横綱在位中の勝ち星が626となり、
千代の富士を抜いて歴代単独2位となった。

しかし、12日目以降は精彩を欠き、
12日目は直近1年の対戦成績が3勝3敗と苦手にしている
豪栄道に土俵際の首投げで敗れ、
2014年7月場所以来6場所ぶりの2敗となった。

14日目には稀勢の里に土俵際の突き落としで敗れ、
2014年3月場所以来約1年ぶりの3敗となった。

優勝争いのトップとなる3敗が白鵬・照ノ富士の2人、
4敗が6人と大混戦で迎えた千秋楽、
照ノ富士が敗れて白鵬が勝てば前人未到となる
自身2度目の7連覇だったが、照ノ富士が碧山に勝利し、
「白鵬が日馬富士に勝てば照ノ富士と優勝決定戦」となった。

自身2度目の7連覇を狙って挑んだ照ノ富士の兄弟子の
日馬富士戦は寄り倒しで敗れ、
惜しくも優勝はならなかった。

この場所は11勝4敗で取り終え、
2012年7月場所から続いた連続12勝以上
勝利記録は17場所で途切れた。

白鵬が4敗以上するのは2012年5月場所以来3年ぶりであった。

7月場所では9日目の逸ノ城との対戦に勝利して
初日から9連勝を記録。

翌日は栃煌山に叩き込みで敗れるもこの1敗を守り、
今場所は14勝1敗で2場所ぶりに35度目の優勝を果たした。

9月場所は初日に小結隠岐の海、2日目に前頭筆頭嘉風と、
過去に一度も負けたことのない相手に2日続けて敗れた。

嘉風に敗れたことで自身10個目の金星配給となり、
白鵬が小結時代の2005年11月場所以来、
また横綱になって初めての連敗スタートとなった。

場所前の稽古で左膝を痛めており、
「左大腿四頭筋腱炎で4週間の加療を要する見込み」との診断書を提出し、
3日目の碧山戦で不戦敗となり、
4日目から横綱昇進後初の休場となった。

これにより昭和以降1位の幕内連続勝ち越し、
連続2桁勝利記録はともに51場所でストップ、
史上1位の横綱としての連続出場記録は722回で途切れることになった。

横綱昇進後初の休場明け場所となった11月場所は
初日から12連勝と好調で、9年連続の年間最多勝を獲得した。

13日目に1敗で追っていた日馬富士に敗れた後は
照ノ富士と鶴竜に相次いで敗れ失速し、
2014年春場所以来となる12連勝からの終盤3連敗で
日馬富士に優勝をさらわれ、場所を終えた。

白鵬が西横綱の地位で優勝を逃したのは2008年夏場所以来のことで、
また2場所連続で優勝を逃したのは
2012年5・7・9月までの3場所連続以来のことである。

白鵬の2016年 -通算1000勝の記録
2016年1月場所は大関・琴奨菊と共に初日から10連勝、
5日目の碧山戦で北の湖と並ぶ通算951勝となり、

6日目の栃ノ心戦で歴代単独4位となる通算952勝目に。

しかし11日目の琴奨菊戦で押し出されてついに初黒星。

さらに14日目の稀勢の里戦でも押し出されて2敗に。
この敗戦で通算200敗目を喫した。

千秋楽結びの一番の日馬富士戦でも呆気無く上手投げに敗れ3敗。

結局幕内優勝は、日本出身力士として
大関・琴奨菊が栃東以来10年ぶりに達成した事により、
白鵬は横綱昇進後2度目の3場所連続して優勝を逃す格好となった。

3月場所は自身初の3場所連続西横綱の場所となった。

初日、一度も負けたことのない宝富士に寄り切られ
先場所14日目から3連敗に。

2日目は前頭筆頭にまで番付を上げた琴勇輝と
初顔合わせの一番を制して北の湖を抜いて
単独1位となる横綱通算671勝とした。

その後は白星を続け、11日目にはここまで全勝の稀勢の里を圧倒。

続く12日目には同じく1敗の豪栄道を倒し、
14日目には先場所敗れた琴奨菊に快勝し、

千秋楽では日馬富士との横綱対決を制し、
最終的には14勝1敗で単独優勝、36回目の幕内優勝を果たした。

この場所の千秋楽結びの一番での日馬富士戦での立ち合いで
批判を浴び、
表彰式での優勝インタビューでは、
涙ながらに謝罪する場面もあった。

また、場所後の会見で「(36度目の優勝を)
ずっと目標としてやってましたから。
やっとオヤジにいい報告ができる。

体を悪くして、アルツハイマーの病気をしてますから」と
父がアルツハイマー病を患っていることを明かし、
「難しいことを言ったら分からないところがある。
最近のことが分からない。
昔のことはよく思い出すみたい」と病状を説明。
「支えてくれて感謝している。
今度は私の番。親として3人の子供がいますからね。
立派な力士を作っていきたいね」と将来の抱負も話した。

5月場所は前場所2日目からの連勝を継続し、
2日目に魁皇の持っていた幕内最多勝利記録879勝を更新。
幕内勝利数が歴代単独一位となる[130]。

4日目には初顔の正代を押し出して4連勝し
初顔27連勝となり歴代単独3位に浮上。
6日目には先場所からの連勝を20に伸ばし
自身8度目の20連勝とする。

さらに8日目で勝ち越し、
自身が持つストレート給金の最多記録を41
(1949年の1場所15日制定着以降)に更新[132]。

13日目には初日から同じく連勝を続けていた
大関稀勢の里との全勝対決を左下手投げで制して単独トップに立った。

翌日、日馬富士との横綱対決を寄り切りで制し、
1敗で追っていた稀勢の里が鶴竜に寄り切りで敗れたため
千秋楽を残して2場所連続37回目の優勝を決めた。

14日目までに優勝を決定させるのは16度目となり、
千代の富士を抜いて歴代単独1位となった。

場所前に受け入れ先となってくれた摂津倉庫の浅野毅会長が、

4月23日に内臓疾患で死去。

「春場所が終わってから病院で30分くらい話した。

息が詰まって苦しそうだった。

懸賞金をそのときにあげた。
喜んでくれて、奥さんが見える場所に置いてくれた。

天国から見守ってくれれば、と思います。
恥をかかせない、という気持ち」と
記者へ恩師にささげる優勝だったことも明かした。

千秋楽も激戦の末にうっちゃりで鶴竜を下して自身の
最多記録を更新する12度目の全勝優勝を決めた。

7月場所は前々場所からの連勝を継続し、
初日に横綱勝利700勝を記録、
さらに自己記録更新となる史上6回目の30連勝を記録。

3日目には御嶽海を寄り切り初顔への連勝を玉錦に並ぶ
史上2位の28とした。

だが、5日目に宝富士に敗れ33連勝で連勝が止まる。

また、33連勝のスタート前の黒星も宝富士であった。

8日目には幕内勝利900勝を記録したが、
9日目に一度も負けたことのない勢に足を滑らせて
敗れ2敗となり、

通算12個目の金星配給。9日目までの時点で2敗したのは
2012年夏場所以来4年ぶりのことである。

さらに勢戦で古傷だった右足親指を痛めてしまう

10日目栃ノ心に勝利し、
初顔合わせから23連勝の歴代2位タイ記録をつくるも、
怪我が影響したか12日目の照ノ富士戦で待ったがかかり

取り直したとなった取組で敗戦し3敗に後退し
通算1000勝は来場所へ持ち越しになった。

翌日の豪栄道戦は勝利し2ケタ勝利としたものの、
14日目は12日目に続いてこの日も待ったがかかり
取り直しとなった一番で土俵際で稀勢の里に逆転され
優勝争いから脱落した。

迎えた千秋楽、優勝をかけて土俵に上がった
日馬富士に敗れ10勝5敗で場所を終えた。
皆勤での1場所5敗は2012年5月場所以来4年2ヶ月ぶりであり、
休場した2015年9月場所を除くと横綱昇進以来、

2012年5月場所に並ぶワーストタイの低成績である。
白鵬が日馬富士に敗れたため3敗で追っていた

稀勢の里、貴ノ岩は優勝次点で終了し、
優勝決定戦にはならず日馬富士は8度目の優勝を決めた。

7月場所後の巡業は怪我を押して出場したものの、

9月場所前には7月場所9日目の怪我の影響で
四股やすり足すらできず、
9月6日には手押し相撲や足の上げ下げなど軽めの調整を
しながら出場を検討していた

しかし土俵に上がれる状態ではなく、
8日に日本相撲協会に「左膝タナ障害」
「右母趾(ぼし)伸筋腱(けん)損傷」
「右足関節炎」で全治4週間の診断書を提出し、
9月場所の全休を発表した。10月20日、

大相撲秋巡業京都場所で復帰し、土俵入りを行った。

11月場所は復帰し自身初の東横綱2の番付で場所に挑む。

そして、2016年11月15日、魁聖一郎戦で勝利して
通算1000勝を達成した。

しかし、6日目に遠藤に不覚をとり、さらに10日目にも
土俵際で勝利したと思ったところを稀勢の里に脚一本で
残され敗れてしまう。

白鵬は「決まったと思った。
休場で勝負勘が足りないのかもしれない」と首をかしげていた。

弟弟子石浦の活躍には「一気に来たね。うれしいね」と
コメントしていた。

また、場所前に痛風を発症し故障の完治が
遅れていたことなども判明。

翌日は勝利するも12日目から
照ノ富士、鶴竜と連敗し優勝争いから脱落。

だが、この場所14日目に優勝争いしていた

横綱日馬富士、千秋楽は綱取りだった

豪栄道を倒し11勝4敗で休場明けの場所を終えた。

白鵬の2017年の記録

靖国神社奉納大相撲 土俵入りする白鵬関(2017年4月17日撮影)

靖国神社奉納大相撲 白鵬関の相手は鶴竜関(2017年4月17日撮影)

前場所と同じく東横綱2で迎えた2017年1月場所は
順調に初日から連勝。

4日目に栃ノ心に寄り切りで勝利し
同一取組の初顔合わせからの連勝では歴代単独2位を記録した。

7日目には横綱出場回数が歴代1位となる819回目となり
並んでいた北の湖の記録を更新しこの日の取組にも勝利している。

しかし、8日目に初顔合わせとなった荒鷲に立会い変化され
そこは素早く対応をするも廻しを取られ劣勢になり、
そのあとのこの場所鶴竜戦でも見せていた荒鷲の速攻に
勢いよく時計回りに体を回されて不意を
つかれて寄り切られる不覚をとり、
中日での勝ち越しならず、

初顔合わせの連勝も28で止まり1敗に後退した。

荒鷲はここまで鶴竜戦での金星以外の勝ちが無く
この場所2勝目を2個目の金星であげることになった。

白鵬は支度部屋でも何度も首を振り厳しい表情を見せつつ
「まあ見ての通り。こういうこともある」と話し、
どこか隙があったことを認めて気持ちを切り替え、

1差で追う展開には「もうダメー」と笑う余裕も見せていた。

だが、翌日の小結高安戦は立ち合いから攻め込まれ連敗。
2敗に後退した。

また全勝だった稀勢の里も敗れたため1差は変わらず。
白鵬は「気合いが空回りした」と
稀勢の里の敗戦後の取組を反省しながらも
古傷の右足親指を気にするそぶりも見せ体調が
まだ万全ではない様子も見せ

「立ち合いで勝負あった」
「横綱でも、ちょっとズレがあると負けるということ」と
相撲の難しさを淡々と語っていた。

そして「一番一番だよ」と勝負どころを見据えて気合いを入れていた。

10日目の勢戦は危なげなく勝利し勝ち越し。
また、昨年の名古屋場所で勢に敗れた際に右足親指を負傷し
この怪我のために左膝の痛みがぶり返した。

それ以来の因縁の対戦とあって「きょうはリベンジというか

突いていく意志を固めていった」といつも以上に
気合いが入っていたと語っていた。

また、11日目までに日馬富士、鶴竜ともに休場したため
この場所横綱は白鵬のみとなり、
14日目は上位陣の休場が相次いだためこの場所
優勝争いしていた平幕の貴ノ岩との
対戦が初めて組まれて敗戦し3敗に後退。

初顔対決は2連敗となった。

この日稀勢の里が勝利したため、
横綱昇進後初めて4場所続けて優勝を逃した。

この日敗戦してしまった
白鵬は初優勝を決めた稀勢の里について
「おめでとう、だね」と祝福の言葉を贈り
「強い大関がいて良かった」と
稀勢の里の活躍を笑みを浮かべて褒め称えていた。

千秋楽での稀勢の里との直接対決前には
「明日もいい相撲取るだけ」と語った。

千秋楽の稀勢の里との対戦は立ち合いから一気に攻め込むも、
土俵際で逆転され2場所連続11勝4敗で場所を終えた。

白鵬は稀勢の里を「最初は軽いと思ったが土俵際で残された。
土俵際で強かったね。
強い大関になった感じ」と語り、

稀勢の里に「強い人が大関になり、宿命を持った人が横綱になる」と
言ってきた白鵬は横綱昇進への最後の壁として

「今日は宿命というか、
運命に任せたんだけどね。強い大関が優勝しましたね」と
勝利を称えて言葉を贈った。

また、今場所を「取りこぼしがあり過ぎた」と反省。
来場所については「精いっぱいやっていい相撲を取りたい」と
語っていた。

3月場所は稀勢の里の昇進で4横綱となり、
自身は東横綱として番付最上位で迎える。
しかし、場所前に右足裏を痛め、
初日の正代戦で突き落としで敗れた際に傷が悪化。
4日目には勢に圧倒される形で寄り倒され、
通算15個目の金星配給となる。

患部をかばっているうちに他の場所まで悪化し結局、
翌日の5日目から「右母趾捻挫、
右大腿筋群損傷で3週間の加療を要する」との
診断書を提出して休場した。

5日目対戦予定だった御嶽海が不戦勝。
休場は5度目で、横綱昇進後は3度目。

この休場で横綱になって5場所続けて優勝から
遠ざかる格好となってしまった。

その後モンゴルに帰国してリハビリに取り組み、
ヨガや食事療法なども行い、
春巡業は靖国神社奉納大相撲から参加した。

久しぶりに土俵に上がった白鵬は
「春巡業の優勝争いはテレビで見ていた。
稀勢の里は横綱の責任を果たしてくれた。

今度は自分が優勝するという気持ちになりました」と
5月場所で1年ぶりの賜杯奪還を果たすことに意欲を見せた。

さらに白鵬は「知人からは40回以上の優勝は誰もいないと
言われて体が熱くなりました。
いつ達成できるか分からないが、
大台の40回を平成の土俵で見せたいです」と
新たな目標に向かう決意を語った[164]。
5月場所は初日から好調で2016年夏場所以来となる
中日勝ち越しを記録した。

夏場所14日目白鵬賜杯を獲得

横綱白鵬が大関照ノ富士を寄り切り、
14連勝で6場所ぶり38度目の優勝を飾った。

大関昇進を確実にしている関脇高安(27)は、
平幕正代(25)に寄り倒され、3敗目を喫した。

 けがや不振により先場所までの5場所では
11勝が最高だった白鵬が、全勝優勝した
昨年夏場所以来の賜杯をつかんだ。

 自身が不振に陥っていた時期に、
話題をさらった横綱稀勢の里が左上腕などの負傷で
11日目に休場を決断。
火花を散らす宿敵との横綱対決は今場所も実現しなかったが、
改めて存在感を見せつけた。

 3月で32歳になった白鵬は過去5場所は頂点から遠ざかり、
その間は全休も含めて2度休場した。
通算1047勝の最多記録更新へ、
史上最多優勝を誇る第一人者が、完全復活を果たした。

編集後記

大相撲の第一人者の白鵬が2017年夏場所で千秋楽を
待たずに賜杯を獲得しました。
今回は、一年ぶりの賜杯を獲得した白鵬の生い立ちから
今後までを知れべてみました。
調べているうちに白鵬はどんなに素晴らしい関取であったかを
改めて再確認致しました。

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