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無礼講挨拶タイトル画像

各種の酒席の会合において、飲み過ぎてしまうケースが
ありますね
その様な状態では、礼儀作法や言葉使いも良くなく
なってしまう場合には、ある程度多めに見てしまいます。
今回は無礼講の意味や語源や実際の使い方について
調べて見ましたので参考にして下さい!

■無礼講とは

迷惑の画像
無礼講とは、地位や身分の上下を取り払い楽しむという趣旨で
宴会や酒席などでよく使われるのですが
それらの会合が始まる冒頭や挨拶の中で
「本会の会合は無礼講にしましょう!」とよく言われています。
この様な挨拶に含まれている意味は
酒を飲み過ぎても、ある程度の無礼があっても良いと言う
意味が含まれています。
酒を飲み過ぎてしまい、自分の意志と反した行動の経験が
あることが多く見受けられます。
この様な場合でも、多めに見ていく事が習慣になっているようです。

■無礼講の使い方に関して

そもそも「無礼講」とは、
役職や身分の上下を忘れて宴を楽しむことを意味しているのです。

つまり、社長も一般社員も同じ立場で酒食を愉しもう!
という意味なのですが、

そこにも「最低限のマナー」は必ず守らなくてはなりません。

「身分の上下を忘れて愉しむ」という意味を勘違いして、

「おう、係長!飲め飲め!」等と部下がやってしまったら
どうなる事でしょう!

「愉しむ」という言葉の中には、
「ある程度のマナーを守って」という事を忘れてはなりません。

この場合、「自分は愉しい」かもしれないけれど、
絡まれた「係長は愉しくない」と思ってしまい大きな失敗です。

では、いつも通りにかしこまっていればいいのかというと、

そうもいかないのが厄介なんです。

「無礼講だと言っているのだから、

かしこまってばかりではダメ」ということです。

普段仕事中にはできないような会話を上司としてみる、

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上司と一緒に『愉しむ』ことが肝心なのです。

「無礼講」で失敗するのは、

「自分だけ愉しければいい」と

考えて先輩や上司など周りに絡む人と、

性格もあるのでしょうが、

警戒しすぎておとなしくし過ぎて興を削いで

しまう人の2パターンがあります。

「役職を忘れて、自分もみんなも愉しむ」のが

「無礼講」の本当の意味であることを忘れずに、

特に上司・上役に対しては「愉しんでもらう」ことも

考えて行動する事が大切なのです。

■無礼講の意味は

歴史的な経緯としては、

古代日本の貴族主体の宴会では、
座席や酌の順番、

杯の回数や手順など儀礼が

重んじられていたが、

武家が力を持った中世以降、

儀礼を取り払った一般的な宴会形式として、

無礼講が広がったといわれる。

byウィキペディア

上記の文章の解釈は

現社会においては、お酒を野に過ごしても

ある程度多めに見て上司や同席者に無礼があっても

許されることを「無礼講」として認められる事です。

最近では、無礼講は無い方が珍しいようです。


然し、ある程度自覚とプライドをもって行動しましょう!

■無礼講の語源について

平安時代から室町時代にかけて成立した正式な
宴会形式である本膳料理は「式三献」という
9杯の盃を干すところから始まるが、
小杯3杯、中杯3杯、大杯3杯と規定だけでも相当な量を飲む。
本膳が終わったあとは酒宴となるが、
人に酒を勧める際の作法が記録に残っているだけでも10種類以上あった。
酒合戦のように飲み比べになることが多く、
誰かが倒れるまで飲むのが原則だった。
しらふでは非礼だが、
酔って殿上で吐く場合は「苦しからず」とされた。
イエズス会司祭で『日本教会史』を著した
ジョアン・ロドリゲスは日本の宴会は酒で腹いっぱいにし、
泥酔させることを目的にしていると分析している。
また、熊倉功夫は乱酒の中にもいろいろルールがあり、
見かけは無礼でも一定の秩序の中の
乱酒だったのではないかと述べている。
太平記において、後醍醐天皇側が鎌倉幕府の討幕を図るため、
身分を越えた密議を行うため、
無礼講と称した宴席を行ったことが記されている(正中の変)。
参加者は烏帽子や法衣を脱ぎ、献杯においては
身分の上下を取り払い、薄着の17-18歳の美女10数人に酌をさせ、
山海の珍味と酒を尽くし、歌い舞うというものであった。
これが無礼講の起源とも言われる。
by wiki

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■編集後記

無礼講とは現在私達が良く聞く言葉なのですが
結論からひも解いてみると
宴会やお酒の出る会合などでお酒を飲んだ際に
自分の意志に反した行動を起こしがちな時があります。
この様な場合には、ある程度多めに見ましょう
然しながら例外としてお酒を飲んでいない時でも
他人様に対して、ある程度の非礼があっても
故うされる場合がありますね
この様な場合には「無礼講」ですから
と一言加える事によって許されるかも?

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