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江戸城の歴史は、私たちにとって、大変興味のある歴史があります。

今回は、江戸城の歴史を年表を参考にしながら
調べてみましたので解説しようと思います。

15世紀の関東の騒乱の時に江戸氏が没落しましたが、

扇谷上杉氏の上杉持朝の家臣である太田道灌が、

享徳の乱に際して康正3年(1457年)に江戸城を築城されました。

江戸城の歴史

最初に造営されたのは

慶長11年(1606)に最初の本丸御殿は造営されたのですが、
10棟ほどの小規模なものだったとの記録が残っています。

2度目の本丸御殿は、元和8年(1622)の造営したときに
将軍の居所や大奥御殿に御座の間が追加して建てられました。

3度目の本丸御殿は、寛永14年(1637)家光の時代に改修されています。

しかしながら、あまりに豪華すぎたために
一部を質素に改築したようです。

4度目の本丸御殿は、寛永17年(1640)に再建されています。
その理由は、御殿は寛永16年(1639)に焼失したためです。

しかし、この御殿も
5度目の本丸御殿は、万次2年(1659)に再建されたのですが、
残念ながら、4度目の本丸御殿は、明暦の大火で焼失したためなのです。

天保15年(1844)に焼失するまで185年の間長命であったのである。

6度目の本丸御殿は、弘化2年(1845)に再建されましたが
14年後に焼失してしまいました。

7度目の本丸御殿は、万延元年(1860)に再建されましたが、
文久3年(1863)の焼失以降の本丸御殿は再建されず、
その機能は西ノ丸御殿に移されたとの記録が残っています。

このように本丸御殿は、
5度の焼失による再建と2度の改築の歴史を辿ってきましたが
殿舎の初期様式は現在でも継承しています。

江戸城年表

●康正2年(1456)  太田道灌による築城開始
●長禄元年(1457) 江戸城落成
●天正18年(1590) 徳川家康、江戸城入城
●慶長8年(1603)  家康、征夷大将軍になり、江戸幕府を開く
●慶長10年(1605) 秀忠、2代将軍になる
●慶長11年(1606) 本丸完成
●慶長12年(1607) 天守台、5重天守が完成
●元和2年(1616)  家康、死去
●元和9年(1623)  家光、3代将軍になる。天守櫓と天守台の修築終了
●寛永11年(1634) 西の丸御殿、焼失
●寛永16年(1639) 本丸御殿、焼失
●明暦3年(1657)  振袖火事(明暦の大火)で天守・本丸・二の丸、三の丸御殿が焼失。以後、天守は再建されず
●元文3年(1738)  三の丸御殿撤去
●延享4年(1747)  二の丸焼失
●弘化元年(1844) 本丸御殿、大奥など焼失
●嘉永5年(1852)  西の丸御殿、焼失
●安政6年(1859)  本丸御殿、焼失
●文久3年(1863)  本丸・二の丸・西の丸御殿を焼失。以後、本丸御殿は再建されず
●慶応3年(1867)  大政奉還。二の丸御殿が焼失。以後、二の丸御殿は再建されず
●明治元年(1868) 江戸城、無血開城。江戸が東京になり、明治天皇、東京に行幸。江戸城が皇居に
●明治5年(1872)  城内の建物、門など取り壊しへ
●明治6年(1873)  旧西の丸御殿(皇居)焼失
●明治21年(1888) 明治宮殿が旧西の丸に建造される
●大正12年(1923) 関東大震災で大手門、半蔵門など焼失
●昭和20年(1945) 空襲で宮城が焼失

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・本丸玄関 「表」の構想
江戸城の表門から見た全体の地図です。

参照https://wako226.exblog.jp/16476079/

江戸城本丸の玄関まで到達するまでには、
大名は家格によって、大手門が利用するのですが、

その場合には、大手下乗門までに馬や駕籠を降りて、
進まなければ、なりません。

武家最上位の御三家でも、大手中ノ門まで行くには、

玄関に乗り物を横付けできたのは朝廷の勅使のみであった。

この玄関を利用できるのは、諸大名、勅使、院使、
外国要人などに限られていたのである。


将軍と対面の儀式を行うには、

表玄関から遠侍に入り、登城の理由などを奉上を行い
そして対面できるようになるのです。

そして、書院番の番所である虎の間などの控の間で待機したのち、
さらに進むと大広間や白書院へ向かう事ができるのです。

この様に将軍様などに謁見するには、やはり、非常に難しい
手続きを得なければ成らなかったようです。
現代の警備内容よりも厳しいかもしれません!

江戸城の構造と風景

今回は江戸城の構造に関係する画像を掲載しました。


この画像を見ていると歌にもある「東京だよおっかさん」を
思い出させるような風景ですね!

江戸城への見学するための
【登城アドバイス】

 江戸城跡は皇居なので、
全域を見学することは出来ませんが下記の個所は見学できます。

本丸、二の丸、三の丸の一部を
「皇居東御苑」は一般に開放されたいます。

●入苑料/無料(但し入口で整理札をもらい出口で返す事になっています)
●入苑時間/3月~10月・9時~16時(16時30分閉苑)

11月~2月・9時~15時30分(16時閉苑)
●出入口/大手門、平川門、北桔橋門の3か所から入ることが出来ます。

●休苑日は月曜日・金曜日です。
(天皇誕生日以外の国民の祝日に当たる時は開苑します。
その場合には翌火曜休苑となります。

・まとめ
江戸城は非常に堅固に構築された建造物と思っていましたが
意外と自然現象や時代の流れによって、現在まで
思わぬことによって、変化したのには驚きました。
そのような状況の歴史についての
歴史年表も併せて掲載いたしました。

しかしながら日本の象徴である江戸城は
少しでも長く現在の風景を維持していただきたく思います。

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