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EUとはどんな組織なのか?と
1926年6月24日に、イギリスが離脱した理由について、及びEUの機構の内容も併せて、調べて見ましたので参考にして下さい。

EUが生まれた背景

第2次世界大戦ではヨーロッパ各国が戦いに参加し、
ヨーロッパが戦場となった経緯がありましたが

そこで、ヨーロッパ全体をまるで1つの国のようにすれば、
戦う相手がいなくなる=戦争をなくすことができる
この様な考え方によって

同じ大陸内で敵と味方に分かれて多くの犠牲が生まれ、
戦いが終わった後も経済的なダメージからなかなか
回復できないなど、その傷跡はヨーロッパ各地に
残っていましまいました。

ヨーロッパで二度と同じ惨禍が起こらないようにする為に
どうすれば良いだろうか?と考える様になったのが
始まりなのです。



これからEUが成立するまでの経緯を説明致します。

前身組織①:ECSCについて

第2次世界大戦後、最初に誕生した組織が1951年に
結成された「ヨーロッパ石炭鉄鋼共同体(ECSC)」と
いう組織なのです。

前身組織②:EECとEURATOMについて

このECSCをきっかけに1958年1月、
新たに2つの組織が誕生することになります。

それが、「ヨーロッパ経済共同体(EEC)」と
「ヨーロッパ原子力共同体(EURATOM)」なのです。
(こちらも参加していた国は前述の6カ国です)

石炭や鉄鉱のみならず、経済そのものにおいてより
広範な連携機関を作り、

原子力においても同様のものを作りました。

それ以外の協力範囲を広げて考えられたのが
徐々にその協力範囲を拡大していることがお分かり
頂けると思います。

この中でも「ヨーロッパ経済共同体」(EEC)は
ヨーロッパを1つの国家にする理想の取っ掛かりとして、

「共同市場」を作ろうとしました。
その具体的な内容として、
以下の様なものがあります。

・パスポートやビザを持参する必要なく自由な
流通が出来るようにすること

商品の販売なども国の枠組みを越えて行き来することが
出来るようにすることで、
経済活動を活発にすることを目指しました。

さらに、外国資本も積極的に認め企業規模の拡大させ、
そして国を越えて健全な競争が出来る下地を整えました。

しかし、国が違えばそれぞれの経済状態も異なっています。

つまり、それに対処するための経済政策も各国によって
全くと言って良いほど違ってきたのです。

そのために、ヨーロッパ経済共同体(ECSC)は
利権を巡る争いが後々起こらないよう、
各国の経済政策を少しずつ歩み寄らせるように
設定して参りました。

具体的なものとしてよく説明されるのが
”関税同盟”なのです。

それまでは、各国は自国の産業を守るために、
海外から輸入される商品には関税をかけ、

消費者の多くが値段の安い海外商品に流れて
いかないよう調整していたのですが

こうした輸出商品に関税をかけないことで、
互いの国家が商品を安く買えるようにしよう、
としたのがこの関税同盟の狙いだったのです。

これはフランスとドイツが主導して
組織されたのでした。

もともとこの2国は国境付近にある石炭と鉄の
利権をめぐって度々争いが起こっていたので

両国の境目には炭坑があった為に、
どちらの国にとっても鉄鋼業は大事な産業の
要素であったからなのです。

”互いに利権を巡って譲らなければ
いつまでたっても争いは絶えない”

このように考えたフランスが、
鉄と石炭については国家という枠組みを超えて
第三者的立場に立てる国際機関を創設し、
これが管轄することを提案したのです。

この考え方を軸にして誕生したのが
前述した「ヨーロッパ石炭鉄鋼共同体(ECSC)」なのです。
この段階では
フランス、
ドイツ、
イタリア、
ベルギー、
ルクセンブルク、
オランダ

6カ国が参加しました。

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・連合は
人間の尊厳に対する敬意、
自由、
民主主義、
平等、法の支配について、マイノリティ

に属する権利を含む人権の尊重という価値観に
基づいて設置されました。

これらの価値観は
多元的共存、
無差別、
寛容、
正義、
結束、
女性と男性との間での平等が普及する

社会において、加盟国に共通するものである。
以上の様な内容で新たに条約が作成されたのです。

前身組織③:ECについて

こうした取り組みが進んできた結果、

ここまで説明したECSC、EEC、EURATOMを合体させて
誕生した新しい組織が「ヨーロッパ共同体(EC)」なのです。

この組織はこれまでの前身組織に参加していた
6カ国を中心として結成して来ましたが、
後に
アイルランド、
イギリス、
デンマーク、
ギリシャ、
スペイン、
ポルトガル
が加盟して12カ国が参加することになりました。
その他の考え方の他に
フランスとドイツの2国間の炭坑をめぐる争いが
起こらないように始めた取り組みが、
段々とヨーロッパを巻き込む大規模なものに
なってきたことが考えられます。

しかし、解決しなければならない課題も
沢山存在しました。

例えば、1970年代に起こった石油ショックは、
ヨーロッパ全体の経済に多大なダメージを
残した経緯がありました。

さらにヨーロッパには経営者保守的な層も多く、
新しく起業された会社には大きな投資がされないなど、
新興企業は伸び悩んでいました。

国内の市場の中でのみの工夫だったため
国際競争力がつかず、
生産コストも多くかかってしまっていました。
そこで今までの問題をさらに新たに提案されて
発生したのが 、EUの誕生です。

EUの誕生

こうした背景をもとに1991年12月に誕生したのが
「ヨーロッパ連合(EU)」でした。

EUはユーロという共通の通貨を導入しました。

ユーロ導入以前は、各国に独自の通貨があったため、
1回1回両替の手数料もかかるし、

為替の変動によって取引が円滑に行われないと
いう状況がありました。

ユーロを導入したのはこうした状況を打開し、
取引を円滑に行うことによって
経済を発展させることを目指したためでした。

特に両替の必要をなくしたことが
取引の円滑化に大きな効果を発揮したのです。

以前までは欧州各国でそれぞれの通貨を使うとなると、
両替の手数料だけで決して安くはない額になって
しまっていたため、

共通の通貨が誕生したことで国を超えた取引が
よりし簡素化されたのです。

前身のECによる経済共同体をより発展的に拡大させ、
通貨を統一します。

さらに共同体をより大きくして
政治的統合も目指しているのが特徴なのです。
この様な経過の元に現在のEUの誕生が制定されていたのです。

離脱理由を解説

大きな要因として移民・難民問題が考えられます。
難民の受け入れる事で基本税金で賄われます。
それだけ財政を圧迫する事は目に見えています。

移民が増えると問題になってくるのが仕事問題です。

労働者が増える事により仕事の取り合いになって
しまいます。

治安の悪化も懸念されています。

難民や移民にとってイギリスはとても良い国なので
イギリスの社会保障は手厚く、
難民として受け入れられれば、

福祉手当、無料での医療施設の利用、
住居の付与などが約束されていますので

難民の人達は、みんなイギリスに行きたい希望しまう

じゃぁ移民や難民を受け入れなければいいじゃないか!と思うのですが

先ほども言った通りEU加盟国にはEU基準が適用されます。

EU基準=法律ですね。

その中に

難民受け入れを拒否してはならない
移民についても、特別な理由がない限り
拒否してはならない

となっているので受け入れ拒否したくても出来ない様です。
国民の税負担が重くなる事や経済の状況を考えて
離脱したいと考え、国民投票にいたったという事です。

これからイギリスは大丈夫なのでしょうか…
イギリスはマーケットの中心でもあります。
今後どのようになっていくのか注意深く見て行く必要があると思います。

まとめ

本稿では、「ヨーロッパ連合(EU)」はどのような
目的で、なぜ結成されたのかを歴史的背景とともに
理解する方法をご紹介してきました。

歴史を中心に述べてきたので、
政治や経済の部分まではお伝え出来ませんでした。

しかし、これらのことにも本稿で述べた歴史的経緯は
具体的な背景をつかむために有効になるはずです。

是非活用してみてください。

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