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加山雄三さんは78歳でありながら「若大将」として
現在マスコミ界で堂々と活躍している姿を見ていると
本当に羨ましいと思います。
しかし、不思議なことにネットの世界では「かつら」では
ないかとのうわさが流れていましたので調べてみました。
管理人個人の意見としては自毛ではないかと思っています。

加山雄三の経歴

幼少期に大腸カタルを患い病弱だったために、父・上原謙は

息子のために、自然環境の良い神奈川県茅ヶ崎へ引っ越しています。

その家は、海と茅ヶ崎駅の中間辺りにあって平屋の日本家屋ですが

お手伝いさんは必ず2人はいる優雅な生活環境である。

31歳で結婚するまで過ごしていたそうです。

中学時代14歳でカヌーを造って以来、

大小10隻以上の船も設計しており、光進丸という自ら設計した

全長30メートルを超える船を所有している。

加山は、小型船舶免許や5級海技士免許を所持しており、

「海の若大将」では、初代光進丸が劇中に登場する。

1965年、神奈川県茅ヶ崎市にパシフィックホテル茅ヶ崎を開業。

1967年に運営会社「日本観興開発」取締役に就任。

しかし、パシフィック・ジャパンは1970年3月に23億円の

負債を抱え倒産、

ホテルは18億円で売却され、

監査役だった加山は、父の上原と共に巨額の債務を抱えた。

丁度その頃、女優松本めぐみとの結婚が世間を騒がせ、

1969年の『フレッシュマン若大将』以降低迷した

同シリーズが1971年に終了し、

映画出演の減少もあいまって、

かつてない不遇の時代を迎えることになりました。

その結果、ナイトクラブ、キャバレーなどのどさ回りをして、

ギャラはほぼ全額借金の返済に充てられ質素な生活へと

追い込まれるが、10年で完済したらしい。

これまでの苦労は並大抵ではなかったのでしょうね😢

1991年12月28日、新潟県南魚沼郡湯沢町に
加山キャプテンコーストスキー場を開業。

2010年 から 2011年シーズンまで営業したが、
2011年に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)の
影響や若者のスキー離れなどによる経営資金調達困難などが影響し、
2011年7月に閉鎖を決めています。

1998年3月21日、静岡県賀茂郡西伊豆町堂ヶ島に

「加山雄三ミュージアム」開館。現在も活動中である

2005年4月10日には新高輪プリンスホテルにて、
「芸能生活45周年を祝う会」という盛大なパーティが開かれた。

007年4月29日、神奈川県茅ヶ崎市の茅ヶ崎駅北口の
ペデストリアンデッキに加山雄三の手形モニュメント
(加山本人の手形および「海・その愛」という
直筆の言葉が彫られたレリーフ)が設置され、

服部信明茅ヶ崎市市長を始め、茅ヶ崎市関係者および市民が参列し、
除幕式が盛大に執り行われました。

2010年5月19日、神奈川県茅ヶ崎市が加山雄三芸能生活50周年を祝い、
加山に茅ヶ崎市民栄誉賞を贈呈することを発表した。

2011年、第61回芸術選奨 文部科学大臣賞大衆芸能部門受賞。
2014年秋の叙勲で旭日小綬章を受章。

今回加山雄三の経歴を調べてみましたが

やはり幼少の頃から裕福な家庭に育っていても
人生の浮き沈みの波があるので

加山雄三は相当の勉強家であり努力家の様に感じました。

加山雄三のプロフィール

本名 池端 直亮
別名義 弾厚作
生年月日 1937年4月11日(79歳)
出生地 神奈川県横浜市(茅ヶ崎市育ち)
身長 168cm
血液型 A型

職業
ジャンル 俳優
シンガーソングライター
タレント
ギタリスト
ピアニスト
ウクレレプレイヤー
画家

活動期間 1960年 –
活動内容 1960年:デビュー作『夜の太陽』

配偶者 松本めぐみ
著名な家族
上原謙(父)
小桜葉子(母)
池端亮子(妹)
池端信宏(長男)
山下徹大(次男)
梓真悠子(長女)
池端えみ(次女)

家族構成

加山雄三家の家系図
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父・上原謙
(神奈川県茅ヶ崎市、東京都世田谷区)
祖母・青木しのぶ(女優、弁護士、政治家江間俊一の娘)
1899年(明治32年)9月生 – 1973年(昭和48年)7月没

父・上原謙(俳優、本名・池端清亮)
1909年(明治42年)11月生 – 1991年(平成3年)11月没

実母・小桜葉子
(女優、公爵、男爵・岩倉具顕の娘、宮内大臣・岩倉具定の孫、
明治の元勲・岩倉具視の曾孫)
1918年(大正7年)3月生 – 1970年(昭和45年)5月没

妻・松本めぐみ(元女優)1947年(昭和22年)2月生 –

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長男・池端信宏(映像作家)
次男・山下徹大(俳優)
1975年(昭和50年)8月生 –
長女・梓真悠子(タレント・料理研究家)
1976年(昭和51年)7月生 –
次女・池端えみ(女優)
1978年(昭和53年)3月生 –

コピー疑惑

モズライト・ギターを違法にコピーしていた
フィルモア楽器と契約しており、
自身のモデルを出していたため、
モズレーの遺族と「被害者の会」から
詐欺および不正競争防止法第2条1項に当たるとして
刑事告訴されている。
自身も「私の持っているギターは本物のモズライトではない」と
発言している。
起訴は免れたものの、遺族はフィルモア楽器を相手に、
商標の所有権を明確にさせるため
アメリカ合衆国連邦裁判所に提訴、受理された。
参照 wiki

ゴーストライターについて

ゴーストライターといえばテレビや芸能界でもタブーと
されていますが、
残念なことに、
9月21日発売の週刊文春ではあの『永遠の若大将』こと

加山雄三氏(79)にもゴーストライターがいたという

疑惑が報じられています。

ここからは、週刊文春の記事を引用させていただきます。
週刊文春の記事の冒頭には、

加山雄三氏の声で録音された留守番電話のメッセージが

掲載されていましたのでそのメッセージを紹介します。

「僕の名前と君の名前では値打ちが違うからね。
(報酬が支払われたら)お金を送るように努力するよ。
それでいいかい?
だから君はこれまでと同じように
僕のゴーストライターでいてくれないといけないんだ」
(引用元:週刊文春 2016年9月29日号)

話の宛先は現在はカリフォルニア州に在住の
作詞家マイケル・ルノー氏です。
この留守番電話のメッセージは実際には英語だそうで
『You must be a ghostwriter of me like before, same』と
翻訳すると
(あなたは名声、前のように私のゴーストライターである必要があります)

最後の一文は加山雄三氏自らが”ゴーストライター”という
表現を使っていたことが分かります。

しかもその人物は、

現在は絶縁状態となっている

実の妹・池端亮子さんの元夫であるマイケル・ルノー氏だとか…。

果たして彼は本当に加山雄三氏のゴーストライターだったのでしょうか。

詳細を見て行きましょう。

加山雄三氏といえば大物歌手であることは間違いありませんが、
なぜキャリア終盤の今になってこのような
ゴーストライター疑惑が浮上したのでしょうか。

きっかけは今年の5月に加山雄三氏側に送られてきた
一通の”通告書”だったと週刊文春は報じています。

そこには加山雄三氏が60年代に発表した
初期の代表作(同氏のデビュー作と言われる
名曲「Dedicated(恋は紅いバラ)」や、
山下達郎がカバーした「ブーメラン・ベイビー」など)
全11曲と、2015年に「弾厚作」名義で発表した

新曲「I Simple Say」の計12曲について、

英語作詞を担当したルノー氏に
”当時の業界の標準に沿った”
報酬を支払うように書かれていたと週刊文春は報じています。

 週刊文春を読むと、どうやら直近の新曲が
今回のゴーストライター疑惑のトリガーになっている気がします。

’60年代の話はルノー氏も昔のことだし
諦めていたと思うのですが、
2015年の新曲の分まで踏み倒されたのでは
我慢ならなかったのではない気持ちになったのしょうか。

新曲「I Simple Say」は2013年に『東北を元気に!』を
スローガンに加山雄三氏を中心に結成された
バンド「キングオールスターズ」の曲です。

事務所が発表した書面では
「事実は、加山雄三が週刊文春のインタビューに
応えたとおりで、
記事の末尾に掲載されている通りです」とし、
以下、記事を引用する形でコメントした。

――60年代の11曲の英詞は誰が書いたのか?

「私自身が書いたんです。
で、それを英語的な歌詞にするにはね、
ポエットと普通にしゃべるのは違うんで
(ルノー氏に英語の表現として)正しいか? 
聞いたわけです。それで、
“ここはこの方がいいよ”とか修正してもらう立場。
だから彼がゴーストライターなんて言葉は
どこから出たんですかねと」。

――「I Simple Say」はルノー氏の作詞ですね。フロリダで依頼された?

「はい、あの曲だけはね、マイケル(ルノー氏)が
詞を送ってきたんです。
(それだけでは足りないので)、
その分、僕が英語で足しています。
つまり僕の作詞です。レコーディングが進んで
(作詞にルノー氏の名前を入れる前に)
終わっちゃったんですよ。
これだけのことを言って来たのにはびっくり仰天」。

 なお、所属事務所は、
「I Simple Say」の作詞については、
現在、JASRACに「共同著作」の申請をしているとし、
同記事の末尾の「…この事が(マスコミ)出て、
ゴーストライターがいたなんて言ったならば、
もうそれまでよ…すべてが終わちゃいますからね」の

発言に関しては「『ゴーストライター』という言葉が
『一人歩き』すると、アーティストとして
大きく傷つくと言ったものを、
週刊文春が恣意的に掲載したものです」と記している。

この週刊文春の記事を読んでみると
確かに英語作詞を担当したルノー氏にも、既定の報酬を受け取っていないので
改めて請求してきたのだろうと思うのですが
加山氏は英語も堪能だしグリーンカードを保持しているくらいだから
当然、英語の一部を直したことは考えられますね

この段階で決着していればよかったのかも知れませんね

しかし、歌詞の著作権については素人ではなかなか分かりずらくて
外野としても良く分かりませんが、法律で定められた規約を遵守しないと
この様な問題が発生するのかもしれませんね

まとめ

今回は加山雄三の「かつら」について調べているうちに
ゴーストライター事件が発覚しましたので、合わせて記載いたしました。
首題の件につきましては、加山雄三は「かつら」は使用している要素は
一切見当たりませんでした!

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